年末年始特別編成

カードキャプターすみれ外伝 

ふしぎ探偵ミラクル・ミラー

「うまそうやなぁ。われながら上出来や」

その少女は、焼きあがったローストターキーが載ったお皿をテーブルに、そっとおろした。
同じテーブルの上には、ローストターキーのほかに、クリスマス・プディング、ミンスパイ、
それにいろいろなオードブルや飲み物が置かれている。

「さぁてと」

少女は、エプロンをはずすと、腰まで届く髪をかきあげた。その栗色がかった髪は、オフタートルの
モヘアセーターの上できらきらと輝いている。

「そろそろ食べよか」

少女はさらっと言ったが、事情を知らない人がそこに居合わせていたら、びっくりするはずだ。
なぜなら、テーブルの上にある食べ物は、少なくとも、10人分ぐらいの量はあるのだ。
それなのに、この部屋にいるのは、11歳ぐらいの少女がひとりだけ。

パーティの準備をしていた・・・わけではない。きょうはクリスマス・イブだというのに、
部屋にはそれらしい飾りつけがほとんどない。わずかに、小さなツリーがあるだけだ。
それに、グラスの数や取り皿の数も、パーティとは思えない少なさである。

どうやら、少女は、これだけのものを、ひとりで食べるつもりのようだ。飲み物に手を出した少女は、
急に手を止めて、

「これは・・・ゆーぼーの気配やないか?」

インターホンのそばに、ぱたぱたと駆け寄った。 

ぴーんぽーん。

まもなく、平凡なチャイムの音が鳴った。インターホンのカメラに、少年の顔が映る。

「こんばんは。ミラーさん」
「なんや、ゆーぼー。せっかくのクリスマス・イブなのに」
「残業だったんだけど」
「公務員やから、そのぐらい働いてもらわな」
「公務員でも、まじめに働いている人は大勢いるし」
「それは・・・そうやけど。で、なんや?うちに仕事か?」
「それもあるけど・・・せっかくだから、差し入れを買って来たんだ」

カメラの前で、少年は、両手をカメラに映るようにした。右手にはケーキボックスが、左手には
お菓子や飲み物が入っている、コンビニの袋を持っていた。

「ありがとさん。今、ロックを解除するわ」

解除音がしたのを確認すると、少年は、ドアを開けた。
そのドアの隣には、ツーテイルの少女のイラストを描かれているボードがかかっていた。
そしてそのボードには、イラストの他に、こうも書かれている。

『ふしぎ探偵 ミラクル・ミラー』

これは、まだ、チュルミンがすみれに出会う前の物語

「いらっしゃ〜い」

少年が、ドアを閉じると、ミラーはすぐそこにいた。うきうきしている。

「そのケーキボックス、『オリビアおばさんのケーキ』のやろ?
うち、そこのタルトケーキ、大好きなんや!」

ミラーはにっこり笑って言った。

「う、うん」

少年は、ミラーの笑顔を見て、少し顔を赤くして、

「そ、そうなんだ。知らなかった。こっちに来る途中でたまたま買って来た」

ミラーには、そのことばがうそだとすぐにわかった。少年の職場からミラーのオフィスまで、
そのケーキ屋に寄ると遠回りになる。それに、クリスマス・イブの日に、この人気のある店の
ケーキを予約なしで買えるはずがない。ということは、わざわざ、予約して買ってきたのだ。
けれども、ミラーは何も言わないことにして、ケーキボックスを少年から取り上げた。

「とにかく、ありがとさん。予定を変更して、クリスマスパーティってことにしようや」

ふたりは、ーミラーが住んでいるのは、住居とオフィスを兼ねたSOHO向けのマンションであるー
奥の部屋に歩いて行った。

ここで説明しよう。

ミラー。
さくらカードではない方のクロウ・カードの1枚。のちに本編でチュルミンと呼ばれることになる。
前の主が亡くなってから、魔法使いの秘密結社であるゴールデン・ドーンを抜け出し、いろいろあって、
ここなにわシティにたどり着き、そこでまたいろいろあって、持てる魔力とゴールデン・ドーンから
持ち出した魔法の道具を使って、人知では解決できない事件に関わる「ふしぎ探偵」として活躍している。

11歳ぐらいの少女の姿をしているが、これは本当の姿に近く魔力をほとんど使わないですむのと、
人から警戒されにくいのでふしぎ探偵としてなにかと都合がいいという理由に加えて、

「みんなのストライク・ゾーンに合わせたる。それがうちのジャスティスや」(本人談)

ゆーぼー。
本名は、柏木勇(いさむ)。勇が「ゆう」とも読めるので、ミラーには「ゆーぼー」と呼ばれている。
15歳なのだが、アメリカの大学院を飛び級で卒業し、なにわのCIAと呼ばれる、なにわ府
特別調査室の調査官を務めている。府警の手に余る事件を担当し、逮捕権もあり、必要なら
府警に超法規的命令を下すことも可能と言う、なんでもありの超エリート・・・という無茶苦茶な
設定なのだが、頼まれたことにイヤと言えない性格と、魔力の気配を感じたり、結界の中でも動ける
程度の魔力を持っているため、ミラーといっしょにいろいろな事件に巻き込まれることになった。

ちなみに、射撃の腕はプロ級。さすが帰国子女である。


「いま、飲み物を持ってくるから、そこにすわっててや」

まもなく、シャンパングラスとボトルを持ったミラーが戻ってきた。

「それって・・・お酒?」
「ゆーぼーは未成年やからな。ノンアルコールのシャンパンもどきや。うちもお酒は飲めへんし、
これで少しはイブっぽくしようや」

ポンっという音がして、グラスに飲み物がそそがれた。

「それじゃ、メリークリスマスや」
「うん、メリークリスマス」

チン

ふたつのグラスが音をたてる。グラスに口を付けたあと、ミラーは

「見てみぃ。雪や」

と言って、窓際に駆け寄った。ちらほらと降ってくる雪。そして、その向こうに見える、なにわ通天閣。

「けっこう、ロマンチックやな」
「うん、天気予報では雪になるかは微妙だったけど」
「ええ雰囲気やな」
「うん・・・でも、ミラーさん、この気配は!?」
「気配?」

ふたりは、急にそわそわし出して、あたりを見回した。

とつぜん、部屋に2つの魔方陣が現れた。

「「やっぱり・・・」」

ミラーとゆーぼーが同時につぶやくと、魔方陣の中央に光が集まり、それぞれが人の形となった。

「「メリークリスマース!」」

魔方陣のふたりがミョーに明るくあいさつすると

「「お前らか!」」

ミラーとゆーぼーは、声をそろえて返した。

「ふたりともーーー!きょうはイブやろ!稼ぎ時にこんな所に来てていいんか!?」

ミラーが毒づくと、腰に太鼓をぶらさげて、ピエロのような服を着ている人物が答えた。

「だいじょうぶや。魔力がない人間には、わいらが消えても気付かんし」

そして、もうひとりのランニング姿の人物は、ゴールインのポーズを取りながら

「それに、ぼくらは精霊といっても、雪の日に外にいるのはやっぱりつらいですぅ」

このふたり、なにわが生んだ地元の精霊である。太鼓男の方は「食い倒れのあんちゃん」、
ランニング男の方は「1粒300メートル」と呼ばれている。

「まぁまぁ、あねさん。ここしばらくは人外の事件も起きておらへんし、わいらも差し入れを
持ってきたんやから勘弁してや」

そう言った食い倒れが、太鼓のふた(?)を開けると、中から暖かな湯気が上がった。

「食い倒れ豚まんや!」
「イブなのに、豚まん・・・?」
ゆーぼーは目を点にしたが、ミラーのほうは
「うまそうやないか!」
と、すっかり心を奪われている。
「ぼくは、会社のもんですけど・・・」
「おーっ!これはなにわ限定品やな。このたこ焼き味のも、けっこうイケルんやで!」
300メートルが差し入れた、バットのような形の巨大おかしも彼女のツボに入ったようだ。
中でも、品種改良によって全長20センチにもなる極大アーモンドが、ここぞとばかり、
とげのようにささりまくってものを、うれしそうにブルンブルン振り回して、

「ぴぴるぴ〜!」

ミラーさん、それ、番組が違うっ!

つ[・・・しばらくお待ちください・・・]

「それじゃ気をとりなおしてっと。ほんま、ありがとうな。今夜はイブやし、パァーっとやろうなぁ!」
「「おおーーっ」」

「はぁー。なんか、少しズレている気がするけど・・・」

そんなゆーぼーのつぶやきをそっちのけにして、ミラーたちは宴会モードに突入した。

♪♪♪・・・

聞き覚えのある音楽で、ゆーぼーは目を覚ました。

「ここは・・・」

すぐに、ソファーで寝ていたことに気が付いた。いつのまにか、毛布がかけられている。

「あのまま、寝ちゃったんだ」

ミラーと、食い倒れと300メートルとの宴会は真夜中まで続き、とうとう彼は帰れなかった。
部屋を見回しても、食い倒れと300メートルはいない。どうやら、自分たちの居場所に帰ったようだ。
そして音楽が聞こえた方を見ると、ミラーがケータイを操作している。今のは着メロだったのだ。

「おはよう、ミラーさん」

ミラーはあわてて、

「お、おはようさん」
「誰かから電話?」
「ちゃうちゃう、メールや」

ケータイを折りたたむと、

「ゆーぼー、朝ごはん、できてるでぇ。顔、洗ってきな」
「うん」

ゆーぼーは、もそもそと起き出した。

「「いただきまーす」」

ふたりは、食べ始めた。トーストにジャム、目玉焼きにカリカリのベーコン、ジュースにコーヒー・・・
テーブルの上に並んだのは、ごく普通の朝食だった。ただ、量がすごい。ゆーぼーの分は普通なのだが、
ミラーのは10人分はある。

(何度見ても・・・やっぱりすごいや)

ゆーぼーはつぶやいた。目の前の少女が、いつもものすごい量の食事を摂ることを彼は知っている。
そして、それには理由があることも。

クロウ・カードであるミラーには、今、主(あるじ)がいない。そのため、本来、主からもらえるはずの
魔力が得られない状態なのだ。魔力を少しでも食べ物から補おうとすると、11歳の少女としては
信じられないほどの量の食事が必要となる。そして、それでもなお十分でないことも、彼は知っていた。

「なんや?」
「うん、なんでもないよ」

彼は首を振って、食べ物を口に運ぶ。

(何回食べても・・・やっぱりおいしい)

そして、もうひとつ彼が知っていることは、ミラーが作る料理がとてもおいしいということだった。

「ごちそうさま」

朝食を終えて、ふたりは山のような食器をキッチンに運ぶ。多少の食べ残しをディスポーザーに捨てて、
食器は食器洗い機に。

「ところで、ゆーぼー」
「なに?」
「きのう、来たときに言うとったけど、うちに仕事の話があるんやろ?話してくれへん?」
「うん、じゃ、オフィスのほうで」

オフィスに移動すると、ゆーぼーは、胸ポケットから数枚の写真とメモリーカードを取り出した。
「いつものように、資料が入っているよ」
ミラーは、受け取ったメモリーカードをケータイに差し込むと、生体認証をパスして(本来はゆーぼーで
なければロックを解除できないのだが、指紋や虹彩を自在にコピーできるミラーにとっては、どんな
生体認証も無意味なのだ)資料ファイルを開く。

「・・・連続ツイン盗難事件?」
「とりあえず、調査室ではそう呼んでいる。同じ物が必ず2つ盗まれるんだ。ほとんどは宝石なんだけど
小さなフィギュアとか、ナノロボットが盗まれたケースもある」
「これが、人外のしわざ、と言うわけ?」
「うん。防犯ビデオに、誰もいないのに、2つの宝石が空中に浮いて、そのまま消えてしまうのが
映っていたり、あと、ぼくが現場検証に行ったときに、魔力の気配を感じたこともある」
「手がかりは、何かないんか?」
「この写真を見て」

ゆーぼーが指差した、防犯カメラが撮った写真には、「山」の字のような形をした影が写っていた。

「こっちの写真にも、同じ影が写っとるな」
「そこにある写真には、みんなその影が写っているんだ。鑑識にも確認したんだけど、現場に、
このような影になるものはないそうだ。ぼくは、これが、盗みを働いている何かの影なんだと思う。
ミラーさん、この『山』のような形のものに、なにか心当たりはない?」
「うーん」
ミラーは腕を組んだ。
「心当たり・・・ないなぁ・・・」
そして、デスクの上の時計に目を止める。
「あーっ、もうこんな時間や。ゆーぼー、きょうも仕事やろ?そろそろ出ないと遅刻するで」
「ほんとうだ。もう出かけなきゃ」
「とりあえず、今回の件については、食い倒れのあんちゃんに、魔力の広域探知をするように頼んどくわ」

魔力の広域探知は、食い倒れの特殊能力である。太鼓を叩くと、それが一種のソナー波を発して、
その反響で魔力の存在位置を知ることができるのだ。

「ありがとう。なにかわかったら、連絡してよ」
「あ、そうや、ゆーぼー」
「なに?」
「お弁当、作っておいたんや。よかったら、持って行ってぇな」
「・・・え?」

ゆーぼーはちょっと引く。ミラーが作るお弁当はとてもおいしいのだが、普通のお弁当ではないのだ。
たとえば、魔法の力で圧縮された流しそうめんセットがランチボックスの中に入っていたりする。
このときは、展開された大掛かりなセットを前にして、職場の同僚をごまかすのが大変だった。

「安心せいや。もう、あないないたずらはせん。きょうのは普通にお店で食べられるメニューや」

そんなミラーのことばを信じて、ゆーぼーはお弁当を受け取った。
・・・そして、その日のゆーぼーは、魔法の力で鮮度を保った、イセエビの生き作りをお昼に食べる
ことになるのであった。

それから何日かたったが、事件はまだ解決していなかった。その後、2回、同じ盗難事件が起きたのだが、
ミラーたちが現場に着く前に逃げられてしまっていたのだ。ただ、そのうちの1回は、食い倒れの
探知網内で事件が起きたため、犯人が人外であることと、食い倒れがその魔力波を特定することはできた。

「この次現れたら、絶対わかります。今度は逃がさへんで」

食い倒れは、自信満々でミラーに言った。

そして、大みそかの日。

「まぁ、犯人も大みそかとお正月ぐらいはお休みやろ」

根拠はないが、そう決め付けて、ミラーは朝から大そうじにいそしんでいた。
そうじはキッチンから始まり、オフィスのそうじを始めたころには、もう暗くなっていた。

「そろそろメールにも返事せにゃいかんし・・・なにわの町ともお別れかな・・・」

そんなことをつぶやきながら、いらないものを片付けていく。

ドン、パサパサッ

両手に抱えた書類ボックスが当たってしまい、デスクの上の書類などがちらかってしまった。

「あちゃー。ゆーぼーの捜査資料がばらけてもうた」

あわてて、床に散らかったものを拾い始める。

「もぅー。上下がぐちゃぐちゃになってしもうとる。きちんと並べんと」

そう言って、ミラーは、例の「山」の影が写っている写真を手にしたところで固まった。

「そうか・・・ひょっとしたら!」

そう言ったミラーがしたのは、その写真を上下さかさまにすることだった。同じ動作を2、3度繰り返す。

「きっとそうや。それなら、2つずつ盗むのも納得や!」

そして、

(・・・あねさん、ひっかりました。わいの人外探知網に!)

ちょうどそのとき、ミラーの脳内にことばが流れ込んできた。食い倒れからの念話だ。

(ほんまか?見つかったんか?)
(はい。うちの店のすぐ近くにいます。そやけど、奇妙ですわ。例の人外、酔っ払いのサラリーマンの
ふたり連れに付きまとっているみたいです)
(付きまとっている?)
(なんか、ふたりの会話に聞き耳立ててるみたいですわ)
(そやったら、そのふたりの会話を転送できる?)
(・・・やってみます・・・)

まもなく、声が流れてきた。ふたりは、すぐそばにいる、人外の存在にまったく気がついていないようだ。
もっとも、魔力がなければ、人外の存在に気づくのはほぼ不可能なのだが。

「さすが課長。いつ聞いても、すばらしいトリビアですわ」
「当たり前や。そやから、毎朝の朝礼で、みな、わいの話に深ーく感動しているやろ?」
「はい。1円玉が1グラムというお話、感動です!」
「そうやろ?おまけに、あれは国が作るものやさかい、厳しい検査がされとる。
お金っちゅうんは、どれを取っても、ぴったり同じ重さなんやで」
「さすが〜課長」

・・・

(なんや、このくだらない会話?)

ミラーはまゆをひそめた。普段のミラーなら、この種の会話に聞く耳を持たないはずだった。

(あねさん、犯人が動き始めました)
(なんやて?)
(今の会話を聞いたとたんです。南の方に向かっています)
(南の方・・・?なんかあるんか?)
(わかりまへん。けど、うちらも動きますか?)
(そうやな)

ミラーは、1粒300メートルも念話で呼び出した。

(と、いうわけや。うちらも追いかけるで)
(わかりました、ミラーさん。出動ですね)
(そうや!)

ミラーは念話を打ち切ると、オフィスを飛び出して、マンションの屋上に急いで上がった。

まもなくミラーはマンションの屋上に立っていた。その長い髪が風になびいている。
彼女が見ているのは、なにわ通天閣。その最上部に、食い倒れと1粒300メートルの姿が見える。

「ふしぎ探偵、出動準備OKやな」

そうつぶやくと、ミラーは胸元からペンダントのようなものを取り出した。
ゴールデン・ドーンから持ち出した、イクイップメントと呼ばれる魔法の道具である。
ミラーは、ペンダントを高くかかげると、その名前を呼んだ。

「ファシリテータ!」

ペンダントが一瞬光り、応答した。

¶「My lord recognised」

「セットアップ!」

¶「As you wish」

ペンダントは、もう一度光に包まれる。

¶「Renormalising neutralisation...」

ファシリテータの本体を、この世界から魔法界に隔てていた中和壁が繰り込まれていく。そして

¶「Renormalisaion completed. Unzipping magical entity...」

中和壁がなくなったペンダントの中から、ファシリテータがその姿を現した。

杖の姿を現したファシリテータを、ミラーがつかむと、続いてコスチュームの装着が始まった。
2本のリボンが髪に結ばれ、長い髪がツーテイルとなる。そして、魔法少女らしいケープ付きの
ジャケット、ミニスカートにニーソックスが装着されると、

¶「Magical entity constructed」

ファシリテータは魔法体の構成が終了したことを告げた。続けて、ミラーは別のものの名前を呼ぶ。

「アーケイナム!」

ミラーの正面に光が集まり、それがカードを形作った。アーケイナムと呼ばれ、魔力が込められている
カードである。大きさは、クロウ・カードの4分の1ほどだ。

「・・・もう、あんまないな」

ミラーは、残り少ないアーケイナム・カードを、ファシリテータのスライド口に差し込んだ。

¶「Arcanum loaded」

ファシリテータは、その名のとおり、魔力の増幅器としての役割を果たすイクイップメントだった。
それにアーケイナム・カードをロードすることによって、ミラーは、自身の魔力をほとんど消費せずに
魔法を使うことができるのである。

パチパチパチ・・・

通天閣の上から、拍手が聞こえてきた。

「さすが、あねさん!いつもええもん見せてもろうてます!眼福、眼福!」(←って、いったい、
どんな変身シークエンスなのでしょう?)
「どう見ても魔砲少女です!ほんとうにありがとうございます!」

食い倒れと300メートルの賛辞である。ミラーもついつい、

「そっかぁ〜。サービスにもういっぺんやろか?・・・って、それどころやない!やつを追うでぇ!
フライ!」
¶「As you wish」

髪にむすばれたリボンがほのかに光り、フィールドを発生する。その力を利用する形で、
ミラーは空に飛び立った。

その後を追って、食い倒れと300メートルもなにわの夜空に飛び立った。

人外を追って大みそかの空を行く3人。だが、その姿はどう見ても・・・空飛ぶお笑い3人組であった。

「うちでも気配がわかる。もう、見逃さへん」

飛びながら犯人の気配を確認すると、ミラーはケータイを取り出した。魔力がそれほど強くない
ゆーぼーとは、ほとんど念話が通じないからだ。

「・・・というわけで、今、通天閣から南に向かっているんや。ゆーぼーはどこにおる?」
「ぼくも、そんなに遠くない。でも、犯人はどこに向かっているんだろう?」
「・・・そうや!ゆーぼー、今、なにわで、いっちゃん現金があるところは、どこやろ?」
「・・・とつぜん、なんで、そんな質問を?」
「いいから。ゆーぼーは、心当たりない?」
わけのわからない質問に、ゆーぼーは考え込む。この時代、電子マネーがすっかり普及してしまって、
現金はほとんど使わていない。
「銀行はもう閉まっているし・・・そうだ、すみよっさんは?」
「すみよっさん?なんでや?」
「ミラーさん、あしたは何の日かわかる?元旦だよ。初詣!」
「そうか、初詣か!確かに元旦なら、すみよっさんのおさい銭箱が、なにわで一番現金が集まるとこや!
たぶん、犯人はそこに向かっとる!」
「じゃ、ぼくもそこに行くよ」
「うちらも着いたら、すぐに結界を張るから。ちゃんと迷子にならずに来るんやで」
「迷子になんかならないよ!」

ケータイを切ると、ミラーは食い倒れと300メートルに告げた。

「聞こえた?すみよっさんに急行や!」
「「了解!」」


「見えた!」

3人の前方に、空を行く物体が見えてきた。それは、すみよっさんと呼ばれる、なにわ一の神社の
上空へ飛んでいく。

「300メートル、結界を張って!」
「わかりました」

300メートルが、両手を上げ、ゴールインのポーズをとって、その特殊技能を発揮する。
その名のとおり、彼は半径300メートル以内なら、結界、転送、移動魔法を自由に扱えるのだった。

まもなく、すみよっさんの境内が結界色に包まれた。これで、魔力がない人間にとっては、
何が起きているのかわからない。この結界の中を動けるのは、ミラーたちと、

「ミラーさん!」

ゆーぼーのような、魔力を持つ人間だけだった。

「あれが・・・犯人?」

ゆーぼーは、地上から本殿の上に浮かぶものを指差した。

「・・・たぶんな。そして、うちの知り合いや」
「なんだって!?だって、あれ、ぼくには、天びん秤(ばかり)に見えるけど・・・!?」
「そうや。クロウ・カード『ライブラ』。それが犯人や」

ミラーはゆーぼーに説明する。

「ライブラは、真贋(しんがん)をはっきりさせるカードや。そやけど、その能力を保つためには、
普通の秤と同じように、調整をしなければあかん。主(あるじ)がおる間は、主の魔力で自動調整
されるんやが、主がおらんときは、まったく同じ重さのものを計って、秤の調整をしなければあかんのや」
「それで・・・同じものを2つ盗んだ・・・?」
「そうや。だがな、魔力を使わないで作られたもんなんか、いくら精密でも、ライブラの調整には
使えんのや。おそらく、ライブラはそのことがわからんかったんやろな。だから、もっと精密なもの、
重さが同じものをひたすら探し続けていた・・・」
「あねさんは、それで、さっきの酔っ払いの話を聞いて、現金を探してると考えたんですね・・・」
食い倒れのことばに、ミラーは「そうや」とうなずいた。

これで犯人の正体は明らかになった。問題は、これからどうするか。

「とりあえず、ライブラの動きを止める。初詣で騒ぎを起こされたら、かなわんからな」

ミラーは空中で静止すると、ファシリテータを槍のように両手で持ち直した。足元に魔方陣が現れる。

「行くで、ファシリテータ」
¶「As you wish」
「フィックス(固着)!」

ファシリテータの先端から、ライブラに向かって光球が撃ち出された。光球は、ライブラの土台に
ぶつかり、塗料が入った風船のようにはじけた。そのはじけちった魔法色で、ライブラの土台が染まる。

「これで、しばらく動けんはずや」

ミラーが、ライブラに近づこうとしたとき・・・

ギゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・

ミラーは、ライブラに近づこうとして、一気に押し戻された。
「なんや、この魔力波は?」
「ミラーさん、これは・・・?」
「あかん!このままやと、大変なことになる!」
「な、なにが起こっているんだ?」
魔力波による不気味な揺れにとまどいながら、ゆーぼーが聞く。ミラーは答えた。
「ライブラのやつ、ジャスティス・モードを発動しようとしとる!」

「「「ジャスティス・モード!?」」」

「真贋をはっきりさせるんがライブラのカードなんやが、なかにはその結果をよう聞かん人たちもおる。
そんな駄々っ子に、罰を与えて言うこと聞かすんがジャスティス・モードなんや」
「なんで、そんな物騒なもんを?」
食い倒れの質問には、ミラーはまともに答えられなかった。
「うちも知らんわ!」
「で、そのジャスティス・モードが発動すると、なにが起こるんですか?」
次の、300メートルの質問にはミラーは答えられた。
「この勢いやと・・・なにわシティがまるごとどっかーんや!」

「「「なんだってぇーーーーっ!!!(AAry)」」」

「ミラーさんが、いきなり撃つからですよ!」
半分泣きべそになりながら、300メートルが抗議する。
「そうや。いつもいつもいきなり撃って、よけいに話をこじらす。せっかくかわいいんやから、
『友だちに、なりたいんだ(萌え)』とか『お話を、聞かせてくれる?(はあと)』してれば、
解決してたかもしれへんのに。ほんま、戦闘的や!」
食い倒れがそう突っ込むと、ミラーは、すぐに切り返した。
「なんやと!魔法少女が戦闘的なんは、お約束や!それに、うちも調査室の民間協力者やし、
これでうまく行くはずや!」

「「「・・・それって、絶対違うと思う・・・orz orz orz」」」

ゆーぼーも含めて3人が orz っていると、ミラーは、

「とにかく!ジャスティス・モードを止めるんや。300メートル、ゆーぼーをこっちに!」
「わかりました、ミラーさん!」

300メートルが再びゴールインのポーズをとると、地上にいるゆーぼーのからだが光に包まれる。
次の瞬間、ゆーぼーはミラーのそば(正確にいうと、ファシリテータが生み出している魔方陣の上)
に瞬間移動していた。

「あっ」

ゆーぼーは魔方陣の上でよろけてしまい、あわててミラーにつかまる。魔力がそれほど強くないため、
魔方陣の上で安定して立てないのだ。けれども、ゆーぼーは、そんな自分がなぜミラーのそばに
転送されたのかは理解していた。

「ここは、ゆーぼーの出番や。精密射撃、しっかり頼むでぇ」

ゆーぼーは、ミラーを背中から抱きかかえるようなかたちをとる。そして、右手をミラーの右手に、
左手をミラーの左手に重ねて、ミラーの手を通してファシリテータを操作できるようにする。

「ええか、ゆーぼー。ねらうんは、ライブラの支点や。両天びんを支える支点、そこがライブラの
魔力の源(みなもと)なんや」
「そこを撃ち抜けば、いいんだ」
「撃ち抜いたら、あかん。そしたら、ライブラは消えてしまう」
「え?」
「ライブラは、うちの仲間や。消すわけにはいかん。支点に衝撃を与えれば、ライブラの魔力を
削れるから・・・要は、ジャスティス・モードを起動できへんようになれば、いいわけや。そやから、
今回は出力を絞る」

ミラーがそう言うと、足元を回転する3つの魔方陣円のうちのひとつが、回転を止めた。

「ファシリテータ、精密射撃モードや」
¶「As you wish」

ファシリテータの先端が3つ指の内視鏡のように3つに別れ、その長さを伸ばす。

¶「Barrel extended」

「ゆーぼー、照準を渡すでぇ。フィックスの効果が消えんうちに、お願いや」
「わかった」

「・・・っ」

ゆーぼーの脳内に、照準スコープを通した視界が広がった。ファシリテータとゆーぼーが、
ミラーを通じてリンクされたのだ。

(何回やっても、この感じは・・・慣れないな)

神経の中を、なにかが逆流するような感覚、と言ったらいいのだろうか。その逆流が落ち着くのを
待って、ゆーぼーは照準に集中する。

その間に、ファシリテータの先端に光球が発生する。その光球の大きさは、いつものよりも小さい。
ライブラの破壊を望まないミラーが、出力を抑えているためだ。スコープのインジケータが色を変え、
発射体勢が整ったことをふたりに知らせる。

「「・・・プレシジョン・・・ファイヤー!!」」

そのことばとともに、ファシリテータから光が撃ち出された。その光は、まっすぐライブラ目がけて
伸びていく。

そして、ミラーとゆーぼーの目の前に、まぶしい光が広がった。

「・・・やった?」
「命中や!」
ミラーのうれしそうな声も、光が弱まるとともに、しかし変わった。
「しもうた。出力を抑えすぎた・・・命中しとるけど、まだライブラの魔力が残っておる!」

ギゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・

再び、ライブラの魔力波がミラーたちを襲う。

「この魔力波やと・・・まだすみよっさんを吹き飛ばすぐらいのことはできるでぇ!」
「なんだって!?」
「ゆーぼー、とにかく、もう1度や。もう1度、あの支点を撃つんや」
「わかった」

だが、そのとき、ファシリテータがふたりに警告音を発した。

「どうしたんや、ファシリテータ!?」
¶「Arcanum finished up」
「なんやて!?」
「どういうこと?」
「魔力切れや!もう、ファシリテータは撃てん!」
「それって・・・ジャスティス・モードが・・・」
「ライブラの天びんが傾いてきとる。あれが傾ききったら、ジャスティス・モードの発動や!」

「「「なんだってぇーーーーっ!!!(AAry)」」」

「300メートル、結界壁を最強強度に!少しでも被害を抑えんと!」
「やってみます!」

その間にも、ライブラの天びんが傾くにつれて、魔力波の振動が激しくなっていく。

「うわっ!」

ゆーぼーが魔方陣の上でころんでしまう。ただでさえ立つのだけでも大変なのに、この魔力波の
中では、とても立っていられない。

「ミラーさん、どうすれば・・・」
「ゆーぼーは、魔方陣から落ちんようにしっかりつかまっといて」
「そんなことより、ジャスティス・モードが・・・なにか、それを止める魔法とかは?」
「アーケイナムを使い切ってしもうたから、攻撃とかはもうできん。そやけど・・・」
「そやけど?」
「ライブラとうちは、クロウはんが作ってくれた、同じクロウ・カードや。そこんとこを使えば、
ひょっとして・・・」
「それって・・・」
「もう、天びんが傾ききる。これで、いちかばちかや!」

とうとうジャスティス・モードを発動し、ライブラが光に包まれると同時に、ミラーもまた光に包まれた。

(・・・なるほど。うまくできているんやな・・・)

ライブラとミラーが発する光が静止する中、ミラーはライブラに念話を試みた。

「どうや?わかってくれたか?」
「・・・」
ライブラからの返事はない。だがそれは、ライブラがミラーの念話を無視しているのではなく、
もともとライブラがことばを発することができないためであった。敵意を感じないことを確かめて、
ミラーは念話を続ける。
「うちもあんたと同じや。うちもクロウはんに作ってもらったんや」
「・・・」
「あんたも、わかっとるんやろ?クロウはんは、そんなことのためにあんたを作ったわけやない。
だから、もうやめるんや」
「・・・」
「主(あるじ)がいのうて、さびしい想いをしとるんはわかる。それも、うちと同じや。
けどな、もうちっとのしんぼうや。新しい主にじきに会える。それまで、おとなしうしとってな・・・」

まもなく、ライブラの発する魔力波が急激に弱まった。それに同調して、ミラーが発する光も
消えていった。

「・・・うまく・・・いったみたい・・・やな」

「ミラーさん、今のは?」
「ゆーぼー、もう安心や。ジャスティス・モードは終了した。もう、どっかーん、は起こらんで」
「ジャスティス・モードが終了したって?」
「発動したんやが、うちが出した魔力波で相殺しきったんや」
「ミラーさん、そんなすごい魔法が使えたんだ」
「・・・ううん。それは、ちゃう」
ミラーを首を横に振った。
「うちが出したんは、ただの、クロウはんの魔力波のコピーや。ライブラに、うちが同じカードやと
わかってもらうために、クロウはんのことを思い出してもらうために、コピーの魔力波を出したんや」
「それを、わかってもらった・・・」
「それもある・・・けど、それだけやない。もともと、ライブラのジャスティス・モードは
クロウはんの魔力波があれば、相殺されて発動できないようになっていたんや。どないな事情があって、
こんな物騒なモードをライブラに付けたかわからんけど・・・クロウはんは、自分がいる限り、
カードが悪さできへんように作ってくれとったんや」
「・・・」
「ゆーぼー、これで事件はおしまいや。ライブラには、二度と騒ぎを起こすような魔力は残ってへん。
このままにしておこうや」
「捕まえないの?」
「それは・・・無理や。同じクロウ・カード同士で封印とかすると、魔力関係がおかしくなってしまう。
それに、今のライブラはせいぜい占いにしか使えんから、このままにしといてもだいじょうぶや」

気がつくと、ふたりを乗せた魔方陣はゆっくりと降下していた。地上に着くとミラーは杖に話しかけた。

「お疲れさん。アーケイナムはなくなったけど、初級魔法ぐらいはまだ使えるやろ?」
¶「As you wish」

ファシリテータの応答と同時に、ミラーが光に包まれる。そして、その光が消えたとき、ミラーは
振袖に身を包んでいた。

「ありがとう、ファシリテータ。今まで、ようやってくれた。しばらくお休みしててや」
¶「Cheers, my lord」

「ありがとう」と「さようなら」を兼ねたことばを残し、ファシリテータはその姿を杖から
ペンダントに変える。

「・・・ほんま・・・ありがとうな」

ミラーはペンダントを再び首にかけた。

「あの、ミラーさん、その格好は・・・」
振袖姿に変わったミラーに驚くゆーぼーに、ミラーはにっこり笑って、
「事件も終わったことやし、せっかくすみよっさんに来てるんや。初詣に行こか?」
「う、うん」
ゆーぼーには、断る理由はない。ミラーは食い倒れと300メートルに
「もう結界を開放してや。ふたりとも、すみよっさんにあいさつして行ったほうがええやろ?」

ふたりがうなずくと、結界が開放された。いつもの空間に戻ると、神社が参拝客で満ちあふれている
ことに気がついた。食い倒れと300メートル、それにライブラの気配もいつの間にか消えている。

「さぁ、行こか。本殿はあっちのほうやろ?」
「うん」

ふたりは、雑踏のほうに向かって歩き出した。

「ゆーぼーは、何をお願いしたん?」
「・・・うん、いろいろと。ミラーさんは?」
「うちも・・・いろいろや」

初詣を終えての帰り道。ふたりはとりとめのない会話を続けていた。
そして、少し間が空いて、ゆーぼーは、あることに気がついた。
「そうだ、ミラーさん、聞きたいことがあるんだ。今回の事件が、ライブラのせいだというのは、
ここに来る前にわかっていたよね。どうして?」
「ゆーぼーのくれた写真や」
「写真?あの『山』の影が写っていた写真?『山』と『ライブラ』がどうつながったの?」
「写真をばらけてしまって気がついたんや。『山』を逆さにしてみぃ。天びんっぽく見えるやろ?」
「・・・そっか」
「な、わかってしまえば、簡単やことやろ?」

ふたりは、いつの間にか参拝客の流れからはずれ、参道から少し離れた池のそばにいた。
なぜか、まわりには誰もいない。

「そうや、ゆーぼー。せっかくのお正月やから、うちからお年玉あげようか?」
「と、突然、なにを?」
ゆーぼーは驚いた。なぜなら、こんなときのミラーは、お年玉をせびる側だからだ。
「あっ、そ。そんなんなら、あげるの、やめよっかな?」
ミラーがすねる。
「あ、あんまり突然だから、驚いただけだよ。ミラーさんのお年玉なら、大歓迎だよ」
あわててゆーぼーは、ミラーの機嫌をとる。
「そっか。それじゃ、ゆーぼー、気をつけをして、目をつぶって」
「そ、それがお年玉と何の関係が?」
とまどうゆーぼーを、ミラーは「いいから!」と押し切った。

「じゃ」

と目を閉じるゆーぼー。すると、両腕にミラーがつかまるのを感じた。まもなくミラーの体重が
両腕にかかる。おそらく、背伸びをしているのだろう。そして・・・

「・・・え?」

ゆーぼーは、ほおに暖かいものを感じた。

(今のは・・・キス・・・?)

あわてて目を開けると、ミラーが照れたように顔を赤くしていた。

「どうやった?うちのお年玉・・・」
「どうって・・・」

ゆーぼーが次に何を言おうかとあわてていると、

「ひゅーひゅー!」

ひやかしの声が。この声には、ふたりとも聞き覚えがあった。

「「あーーーっ!食い倒れに、300メートル!」」

「人がおらんかったのは、微結界を張っていたのか!」
ミラーは、自分では結界魔法をできないので、気配が弱い微結界なら気づかないことがある。
ゆーぼーなら、なおさらだ
「いやぁ、おふたりのふいんき(←やっぱり変換できない)がちょっと良かったもんですから・・・」
「ほんま。青春やなぁー」
「ほくら、気になってたんです。おふたりの仲がなかなか進展しなかったもんで・・・」
「それは・・・ありがとうな!」
いつもの調子で、ミラーが毒づく。
「お礼に、ふたりにもキスしてあげよか?今なら新年大サービスや!」
「「そ、そんな!!!」」

あわてるふたりに、ミラーはあきれ返ったように言った。

「なんや。いい年した精霊がふたりとも顔を真っ赤にして」

そして、ミラーはうつむいて、ひとりごとを言った。

(進展もなにも・・・こうなることがわかっておったから、進展させるわけにはいかんのや。
・・・やっぱり、ここは言うべきなんやな)

ミラーは、顔を上げると、3人の顔を見回して、

「ゆーぼー、食い倒れ、300メートル。あけましておめでとう。いままで、本当にありがとう。
ほんま、短いような、長いような、楽しい日々やったでぇ」
その言い方に、ゆーぼーは、
「どうしたの、ミラーさん?まるで、お別れするみたいな言い方だ」
ミラーはうなずくと、
「・・・そのとおりや、ゆーぼー。あけましておめでとう。そして、お別れや」

3人は絶句した。あまりに突然だった。

「・・・今回の事件で、アーケイナムを使いきってしもうた。うちはもう、ほとんど魔法を使えんのや。
ふしぎ探偵を続けることもできんし、それどころか、このままやと、うちはいずれ消えてしまう」
「そんなことない!ミラーさんなら、続けられる。魔力のほうだって、いままでよりたくさん食べれば
きっとだいじょうぶだ!」
だが、ミラーはゆーぼーのことばに首を横に振る。
「・・・あかんて。いくら食べても追いつかんて。うちはカードや。やっぱり、主(あるじ)がいて、
主に魔力をもらわないとあかん。主がいるべきなんや。そうゆうふうに作られているんや」
「だったら、ぼくがなる!ぼくが、主になってやる!」
「ありがとう、ゆーぼー。気持ちだけ、いただいておくわ」
ミラーはさびしげに言った。実際、ゆーぼーの魔力では、とてもミラーの主になることはできなかった。

食い倒れは鼻水をすすり、300メートルは放心状態である。ゆーぼーは、涙をこらえながら、
必死でミラーを見つめている。

「・・・そんなに心配せんでいい。うちがふしぎ探偵を始めてから、人に悪さする人外はおおかた
片付けたし・・・それに、うちの新しい主はもう見つかってる・・・クロウはんの血を引く、
小学5年生の女の子やそうや。うちは、その子に主になってもらって、魔力をもらって、
生かしてもらうんや。そやから・・・そやから・・・」

とうとう、ミラーの目からも涙があふれ出した。4人の嗚咽が結界内で続く。だが、最初に涙を
ぬぐったのは、ミラーだった。

「みんな、めでたい正月やで。泣いてないで、うちの門出を見送ってぇや」

「・・・うん。わかった」
「・・・そうやな。あねさんの新しい出発や」
「・・・正月らしく、見送りましょう・・・」

ようやく、3人ともことばを口にした。

「じゃあ、ゆーぼー。これを」
ミラーは、ケータイをゆーぼーに渡した。
「これは、ゆーぼーに買ってもらったものやからな。中には、これまでの記録がいろいろ残ってる。
生体認証はゆーぼーのを使っているから、ゆーぼーなら、そのまま使える。これをうちと思って
とっておいてや」
「・・・うん」

「それじゃ・・・みんな、お別れや」

ミラーはあらためて3人を見回した。

「何べんも言うけど、ほんまに楽しかった。新しい主のところに行っても、みんなのことは
決して忘れんで。それじゃ・・・な」

別れのことばを言うと、ミラーのからだは光に包まれた。人の形からカードに、その姿を変える。

「ありがとうな・・・食い倒れ・・・300メートル・・・そして、ゆーぼー」

そのクロウ・カードは、3人のまわりを回った後、空に向かった。300メートルの微結界を抜けて、
友枝町に向かう。

「ミラー・・・」

ゆーぼーたちが見上げる中、そのカードの姿は、晴れ渡った元旦の空に吸い込まれるように消えて行った。

<カードキャプターすみれ外伝 ふしぎ探偵 ミラクル・ミラー 完>


次回予告

ありがとう、龍平。龍平のおかげで、ファイトさんが消えずにすむんだよ。
でもでも、そのために、龍平がクロウ・カードに取りつかれてしまったの。

どうしよう、このままだと龍平がたいへんなことに・・・

チュルミン、なにかいい考えがあるんだって?

ほぇ〜っ!あたしたち、そ、そんなことしなくちゃいけないの!?

カードキャプターすみれ さくらと小狼のこどもたち
すみれと知美のハイテンション

次回もすみれと一緒に
さくらと一緒に
封印解除(レリーズ)! <<NEXT


チラシの裏

⌒*((・▽・))*⌒←チュルミン

⌒*((・▽・))*⌒「ファシリテータの兄弟機が別スレで活躍しとるようやけど・・・」
¶「Never mind, my lord. It's a fate of production model」 
⌒*((つ▽T))*⌒「不憫な子や・・・うちがマイナーなばっかりに・・・」
¶「It's always a pleasure to serve you」
⌒*((;・▽・))*⌒「・・・それって、英語版 Citibank Online のさよならメッセージ・・・
         ファシリテータは、あの中の人やったんか!?」

⌒*((・▽・))*⌒「ちなみに、すみれちゃんの魔方陣は、ベルカ式やで」

¶「No kidding!!」 

ベルカ式
http://nanoha.julynet.jp/?%A5%D9%A5%EB%A5%AB%BC%B0
簡単に言うと「魔法少女リリカルなのはA's」に登場する
魔法の方式の一つ。

チラシの裏 終わり

BUCK

タイトル

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