第22話 すみれと知美のハイテンション

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「あれ?」
あたしはまっしろな部屋にいる。部屋にはベッドがひとつ。
「龍平?」
ベッドに寝ているのは龍平だった。
肩で息をしている。苦しいはずなんだけど、龍平の表情は不思議に安らかだ。
「どうしたの龍平?どこか悪いの?」
あたしは聞きたいのだけど、声が出ない。
龍平の口元が動く。え?聞こえないよ?
なにか言っているようだ。でも、でも・・・
「龍平、龍平ったら。ママ、このまま龍平が」
「・・・すみれちゃん」
あたしはママの顔を見た。
「・・・すみれ」
声の方を向くと、そこにはパパがいた。
「・・・すみれさん」
別の声の方を向くと、そこにいたのは、エリオルおじさんだった。

・・・また、この夢だ。
あたしが、カードさんたちを集めだしたころから見るようになった夢。
ドリームのカードさんを封印した時にも、見た夢。
そして、そして・・・

「・・・ほぇ?」

あたしは、おふとんの中で動かした腕が、なにかに当たったのに気がついた。
寝ぼけた目で、その先を見る。

「・・・ママ?」

あたしの腕が当たったのは、ママの腕だった。
あたしのベッドによりかかるようにして、ママが眠っている。これって・・・

「・・・あたし、あのまま泣きつかれて寝ちゃったんだ」

きのう、あたしは何回も何回もファイトさんを封印しようとして、封印できなくて、
それでも、それでも封印を繰り返したんだ。でもやっぱり封印できなくて、
そして、ママの声を聞いたら、それからなにもわからなくなって・・・

きっと、ママはそれからあたしのことを見ていてくれたんだ。ずっと。

「・・・ママ、ありがとう・・・」

でもでも、ファイトのカードさんは、どうなったの?
思わず、あたしはママの肩をつかんで、揺り動かした。

「・・・ううん・・・すみれちゃん・・・?」

「ママ! ファイトさん、ファイトのカードさんは、どうなったの?」
「落ち着いて、すみれちゃん」
「でもでも!」

ママはにっこりと笑って、

「だいじょうぶ。ファイトさんは消えていないよ」
「ほんと?」
「うん。ほんと」

ママは、もう一度にっこりと笑うと、あたしの机の上を指差した。
見ると、机の上に、ボウルをさかさまにしたような、ディッシュカバーのようなものが置いてある。

「ほぇ?」
「この中に、ファイトさんがいるの」

あたしはベッドから起き出すと、ママといっしょに机に近づいた。

「ママ、これって・・・?」
「これは、小狼くんのおうちに伝わる、魔法の器(うつわ)。外から魔力の影響を受けないように
なっているの。あ、すみれちゃん、さわらないで」

あたしは伸ばしかけた手をひっこめる。

「ファイトさんは消えていないけど、いまは静かにしていなければいけないの。外から魔力の影響を
受けるのが、一番だめみたい。だから、すみれちゃんの魔力を感じるのも、いまはだめなんだよ」

それって、ファイトさんがまだ危ない状態なんじゃないの? あたしが、そう思ったとき、
誰かが、あたしのお部屋のドアをノックした。

「ふたりとも、起きたのか?」

パパの声だ。

「うん」

ママが短く答えると、ドアのノブが音をたてた。

「入るぞ」

パパが部屋に入ってくる。

「・・・すみれ、だいじょうぶか?」
「う、うん」

事情がよくわかっていないあたしは、中途半端な返事をする。それに、あたしはパパに
聞きたいことがあった。ファイトのカードさんについてもなんだけど、

「どうして・・・パパ、エプロンをしているの?」

「どうしてって、朝飯を作っていたんだ」

パパが少しぶっきらぼうに答えた。

「パパが?」

パパは料理が上手だけど、朝ごはんを作ってくれるのはめずらしい。

「それって、ママがずっとあたしのそばにいたから?」
「そうよ。ありがとう、小狼くん」

ママがひとこと添えると、パパは顔を赤くして、

「と、とにかく、朝飯の用意はできているし、すみれもその様子なら学校に行けそうだな。
着替えたら、降りてきなさい」
「はーい」

あたしが答えると、パパはドアを閉めた。パパが階段を降りて行く足音を聞きながら、あたしは
枕元の時計を見た。

「あや。まだ、こんな時間なんだ。そうだ。龍平を起こさなくっちゃ」
「その必要はないわ、すみれちゃん」
「ほぇ?」
「龍くんは、もう起きている・・・というより、きのうは寝ていないの」
「ど、どうして?」
「それはね・・・ファイトのカードさんが助かったのは、龍くんのおかげなんだよ」
「???」
「詳しいことは、朝ごはんのときに話すから。だから、まずは着替えなさい」
「は、はーい」

「おはよう」
あたしがダイニングに入ると、パパたちが朝ごはんの準備をしているところだった。
ケロちゃんまでもエプロンを着て、お皿を運んでいる。
「すみれ、もうだいじょうぶか?」
「うん。心配かけてごめんね、ケロちゃん」
「おはよう、おねえちゃん」
「・・・龍平」
あたしは、少し固まっていた。龍平がどんなふうにしてファイトのカードさんを助けたのか
ぜんぜんわからなかったし、それに、朝に超弱い龍平がこんな時間に起きているなんて、
とても信じられなかった。

「どうしたの、すみれちゃん? もう、朝ごはんはできているんだから、すわって待っていたら?」
「う、うん」

ママに言われて、あたしはいすにすわる。そして目の前に並べられていく、あたしの朝ごはん。

「あ、あの、ママ?」

あたしが聞こうとすると、

「あわてないで。すみれちゃんはきのうの晩ごはんを食べていないし、それに学校に行くにはまだ
時間があるから、食べながらゆっくり話しましょう」

そうして、ほんの少しの時間が流れて、みんなが朝ごはんのテーブルについた。

「いただきまーす」

みんなが食べ始めると、あたしは我慢しきれなくなって聞いた。
「龍平、龍平がファイトのカードさんを助けてくれったって、ほんとう?」
「うん、ほんとう」
けれども、答えたのは、龍平じゃなくてママだった。龍平は少し困ったような顔をしている。
「ぼくは、助けたというより・・・」
「助かる可能性が出てきた、ということだ」
龍平のことばをさえぎって答えたのは、パパだった。
「それじゃ、まだ、だいじょうぶじゃないの?」
あたしがあわてて聞くと、次にしゃべったのはケロちゃんだった。
「すみれ、落ち着いてよう聞いてや。龍平がやったんは、カードの魔力がこれ以上消えなくするための
方法を見つけ出したことなんや」
「それって、ファイトさんが元気になれるわけじゃないってこと?!」
「・・・確かに今のままでは、前のように元気になるんは難しいかもしれんな」
あたしは、ことばが出ない。それじゃ、ファイトさんはいつまでもあのまま・・・?
「でもね、すみれちゃん。龍くんのおかげで、ファイトのカードさんが消えることはなくなった。
それは確かなんだよ」
「そうだ。それに、主(あるじ)のいないカードの魔力の消耗を止めることは、さくらも、俺も、
母上も、世界中のどんな魔術師もできないことだったんだ」
「小僧のいうとおりや。ただひとり、クロウを除いてはな」

あたしは考えた。龍平がファイトさんが消えなくてすむ方法を見つけてくれた。
それは、とてもすごいことらしい。でもでも、それはただ消えなくてすむだけなんだ。
ファイトさんはずっとあのままで、もう、前のように戻るわけじゃないんだ。

あたしが考えこんでいると、ケロちゃんが
「すみれ、カードのことが心配なのはようわかる。けどな、龍平のおかげで、消えることは絶対
なくなったんや」
「でもでも・・・それじゃ・・・」
「そうや、それだけじゃあかん。けどな、龍平がカードが消えんですむ方法を見つけたんは、
たった一晩や。たった一晩で、クロウが書いた本に、その方法が書いてあるんを見つけ出したんや」
「・・・えっ?」
あたしは驚いて、龍平を見た。龍平は、なぜか、少し恥ずかしそうな顔をしている。
「お姉ちゃんが寝た後、クロウさんの本に、カードを初めて作ったころのことが書いてあるのを
思い出したんだ。そこで、その部分を読み直したら、魔方陣の書き方が書いてあって、そこをパパに
読んでもらったんだ」
「驚いたよ。龍平が言うとおり、カードの魔力を保存する魔方陣の書き方が隠されていた。
俺も若いころから、そこの部分は何回も読んでいたんだが、魔方陣の書き方が書いてあるなんて、
ぜんぜん気が付かなかった」
「ほんとう、龍くん、すごいわ」
ママがうれしそうに言うと、龍平は顔を赤くした。あたしも、
「ありがとう、龍平。ほんとうにありがとう」
「だから、すみれ、安心しぃや。たった一晩、1冊の本を調べただけで見つかったんや。
小僧の実家にはクロウの書いた本がぎょうさんある」
「そっか、他のクロウさんの本を調べれば」
ケロちゃんは、うん、とうなずいて
「そうや、きっと、カードを元気にする方法が見つかるはずや!」

「ただね、すみれちゃん、ちょっと問題があるの」
「ほぇ?」
あたしはママの顔を見た。
「ファイトさんが消えないようにするには、龍くんが見つけた魔方陣を書いて、その中にカードを
置くんだけど、その魔方陣ががちょっと大きいの」
「大きいって、どのぐらい?」
「直径・・・200メートルぐらい」
「ほぇーっ!」
あたしは驚いた。そんな大きな魔方陣、おうちに書く場所がないよ!
でもでも、その魔方陣を書かないとファイトのカードさんが消えちゃう!
あたしがあわてていると、ママはくすって笑って
「心配ないわ。ね、小狼くん」
「ああ。母上にお願いして、それだけの場所はもう確保した」
「おばあちゃんに・・・ってことは?」
「そうだ。香港だ。もうそろそろ、魔方陣を書き始めているだろう」
「ほぇーっ!!」
あまりの急展開に、あたしは、ただびっくりしてしまう。
「だからね、すみれちゃん。しばらく、ファイトさんとお別れしなくちゃいけないの。
それに、今日中に魔方陣に置いてあげないといけないみたいだから、今日中にファイトさんを
香港まで連れて行ってあげなきゃいけないし」
「あたし、行く! あたしがファイトさんを魔方陣のところまで連れて行く!」
あたしが思わずそう言うと、パパが、
「残念ながら、すみれでは、だめだ」

ど、どうして?

「すみれ、パスポート持ってないんやろ? そやったら、香港行くんは無理な話や」

ずざーっ!(←すみれたちがコケる音)

「ケロちゃん!」
あたしは、おでこに付いたばんそうこうをはがしながら言った。
「そ、そーゆー問題で言ったんじゃない」
パパも立ち上がりながら言う。
「そうよ! だいたい、パスポートを持っていなかったら、あたし、おばあちゃんちに遊びに
行けないじゃない!」
「あ・・・そーやったなぁ」

ケロちゃんのリアクションにあたしたちは脱力する。

「と、とにかく、すみれではだめなのは、別の問題があるんだ」
「そうなの。残念だけど、すみれちゃんがファイトさんを香港まで連れて行くわけにいかないのよ」
「ほぇ?」

あたしはママの顔を見た。ママは、

「けさも言ったでしょ。今のファイトさんは、外から魔力の影響を受けるのが、一番だめなの。
だから、すみれちゃんのように魔力を持った人が、ファイトさんを連れて行くのはだめなんだよ」
「そ、それじゃ・・・」

あたしだけでなく、ママもパパもファイトさんを香港に連れて行くことができない。

どうしたら、いいんだろう。

「でも、心配しなくてもいいのよ。ね、小狼くん」
ママは、にっこり笑って、パパを見る。パパは少し顔を赤らめて、
「あ、ああ。もう、手は打ってある。だから、すみれは心配しないで学校に行きなさい」
「あ、もう、こんな時間だわ。すみれちゃん、いつまでもおしゃべりしないで、朝ごはんを食べないと、
学校に遅れちゃうよ」
「う、うん」

あたしは、ママに言われて朝ごはんを食べ始める。

「それから・・・龍くんは、だいじょうぶ?」
「え?」
「きのうは、クロウさんの本を調べていて寝ていないんでしょう? 無理しないで、きょうは
学校を休んだら?」
「だいじょうぶだよ」
龍平は、少し大きな声で答えた。
「自分でもわからないんだけど、ぜんぜん、眠くないんだ。だから、学校に行くよ」
「ほんとう?」
ママが確かめると
「ほんとうだよ」
「さくら、龍平もああ言っているし、いいじゃないか。龍平、学校で調子が悪くなったら、
ちゃんと先生に言うんだぞ」
「うん」
パパにそう答えると、龍平も朝ごはんを食べ始めた。

「行ってきまーす!」

あたしと龍平はおうちを出た。

「おねえちゃん」
「なに?」
「おねえちゃん、元気そうだ」
「そう、そうかもね」

龍平の言うとおりだ。あたしは元気。それは、きっと、みんなのおかげ。
ファイトさんとあたしのために、みんな、心配してくれた。
ママも、パパも、ケロちゃんも、龍平も。
そして、ファイトさんは消えなくてもよくなった。
ファイトさんが元のように戻るには、どうすればいいのかわからないけれど、
それに、あたしに何ができるのかもわからないけれど、
でもでも、あたしは落ちこんじゃいけないんだ。
だから、あたしは元気でいよう。ファイトさんのためにも、みんなのためにも。

「龍平」
「なに?」
「ありがとう」

あたしは、龍平にそう言うと、学校に向かって走り出した。

「おはよー!」
あたしが教室に入ると、知美ちゃんがまっさきに駆け寄ってきた。
「すみれちゃん、だいじょうぶですの?」
聞くと、きのうのペンギン公園でのこと、ファイトさんが消えそうになったことをママから
聞いていたようだ。あたしは、今までのことを話すと、
「そうでしたの。母も心配しておりました。でも、よかったですわ。ファイトさんが消えずにすんで」
「うん。それも、ママやパパ、ケロちゃんに龍平のおかげだよ」
「ええ」
知美ちゃんはにっこりと笑った。
「それは、ほんとうにすばらしいですわ」

「おはよう・・・」
「衛(ウェイ)くん!」
衛くんの声を聞いて、あたしはふり返った。衛くんがとぼとぼと教室に入ってくる。
「衛くん、だいじょうぶ?」
「う、うん」
衛くんの返事ははっきりしない。
「ほんとうにだいじょうぶ?」
「う、うん」
「ほんとうに、ほんとうにだいじょうぶ?」
「う、うん」
「よかったぁー!」
ほっとするあたしを、衛くんはぽかんと見つめている。
「あ、それから、ありがとう」
「え?」
「きのう、ペンギン公園でファイトさん・・・じゃなかった、あの女拳闘家から助けてくれて。
あのとき、衛くんがいなかったらあたし」
「でも、ぼく、負けたから」
「でもでも!」
夢中になってしゃべるすみれを見つめながら、衛は不思議に思っていた。

(木之本さん、どうして元気なんだろう?カードはあのまま消えてしまったはずなのに?)

♪♪♪・・・

そのとき、衛のケータイから着メロが鳴った。衛はケータイをチェックすると

「おばあちゃんからだ。ごめん、木之本さん、あとでね」

衛は教室から廊下に出た。人目のない所を探して、ケータイを開く。

「もしもし、エドワード」

張(チャン)の声だ。

「うん。朝からなに?」
「ゴールデンドーンの情報解析部から連絡です。香港島の一部で不思議な現象が起きているとのことです」
「不思議な現象って、なにが起きたの?」
「それが・・・彼らでは結論が出ないそうで・・・今、画像を転送します」

衛のケータイからホログラムが浮かび上がる。

「これは?」
「ゴールデンドーンの衛星からの画像です」
「モザイクのようなものがかかっている」
「ええ。魔力によるジャミングされているようです」

衛は画像を見て、しばらく考えこんだ。

「地図を重ねてくれないか?」
「はい」

ホログラムのモザイク画像に地図が重なる。

「この場所は?」
「香港島の南部です」
「地図によると李家の土地だね。拡大して・・・あ、もう地図は消してもいいよ」

しばらくホログラムを見つめる衛。まもなく、

「そうか、これは魔方陣だ」
「え?」
「クロウ・リードの本に書かれている魔方陣だよ。この魔方陣を使えば、カードは消えずにすむ。
そうか、それで、木之本さん、あんなに元気なんだ」

納得する衛。そして、その表情が明るくなっていく。

「エドワード?」
「うん?」
「ゴールデンドーンには、なんと報告を?」
「心配することはないよ。ゴールデンドーンには無害だと伝えて。あの消えかけているクロウ・カードを
保存するための魔方陣だ。攻撃的なものではない」
「そうですか。では、そのように伝えます。でも、誰がそのようなものを?」
「きっと、龍平くんだろう」
「どうしてそう思うのですか?」
「それは・・・」

「それは、きっと龍平が闇の力の持ち主やからな」
ケルベロスの答えに、小狼は納得してうなずいた。
「そうだな。持てる力の種類によって、魔力の感じ方が変わってくる。クロウは闇の力の持ち主
だったから、龍平がクロウの書いた魔法陣に気が付くのは当然かもしれないな」
「いや、それだけでないかもしれん」
「え?」
ケルベロスは、小狼にはすぐに答えないで、スプーンをかき回した。
「クロウはよう言っとった。この世に偶然なんかない」
「あるのは・・・必然だけ」
「そうや。さくらカードのときも、自分の生まれ変わりを使うことまで考えていたんや。今回のことも」
「クロウは、あの本を龍平が読むことをわかっていた?」
「かもしれん」
つぶやくように言うと、ケルベロスはコーヒーをスプーンからすすり出した。
「ケルベロスはなにか知っていないか?」
「なにをや?」
「すみれたちとカードのことで、クロウが何かしていたとか」
「あー知らん、知らん」
ケルベロスは、そっけなく首を横に振る。
「さくらのときもなーんも知らされておらんかったんや。小僧も聞いたんやろ? エリオルにも」
小狼はだまってうなずいた。
すみれがカードを集めるようになってすぐ、さくらと小狼はエリオルに連絡をとっていた。
そして一連のカードについて何か知っていないかと聞くと、彼は、こう答えたのだ。

「すみれさんがこれから集めるであろうカードを作ったいきさつは覚えています。
けれど、さくらさんのカードについてはあれだけ準備していたにも関わらず、すみれさんが集めている
カードについて何か準備をしたという記憶は、私にまったく受け継がれていません」


「小狼くーん」

さくらが、廊下をぱたぱたと走ってくる。

「どうだった?」
「うん、今、飛行機が出発するところだって。タキシングに入ったから、電話、切られちゃった」
「そうか。この時間なら、予定どおりだな」
「うん」

さくらがにっこり笑う。

「だいじょうぶだよ。今日中には、ファイトさんを香港に連れて行けるよ」

さくらの笑顔につられるように、小狼とケルベロスの表情も明るくなる。

そのころ、学校では衛と張の会話が終わりに近づいていた。

「なるほど。龍平くんの力は、クロウ・リードと同じ闇の力なんですね」
「うん。ファイトのカードの件については、これでいちおう終わりだ」
「すみれさんの様子はどうですか?」
「元気だよ」
「それは良かったですね。私はすみれさんが落ち込んでいるとばかり」
「落ち込んでいられないよ。だって、もう、次のカードが発動してるからね」

そして、その日の午後。

「草原には羊がたくさんいました。白い綿毛の、とてもあたたかそうな羊です。
女の子は、羊たちをおどろかせないように、そっと、近寄って行きました。
たくさんの羊たちは、女の子に気づいて、おどろいてにげ出してしまいました。
『待って、ひつじさん。』
ひつじは女の子の声にますますおどろいて、逃げて行く足を早めました。
羊はさくをとびこえて、どんどんにげて行ってしまいます。
女の子はゆめを見ているような気持ちで、まるで何者かに突き動かされるように、
羊たちを追って走り出しました。
足元の地面はふわふわとたよりなく、雲の上を走っているような気分です。
やがて、羊たちの行くてに、ぽっかりと開いた落としあなが見えてきました。
羊たちは何のためらいもなく、次から次へと、そのあなの中にとびこんでいきました。」

「ありがとう、大道寺さん。木之本さん、続きを読んでね」
「はい、寺田先生」

あたしは教科書を持って立ち上がると、知美ちゃんの続きを読み始めた。

「あっけにとられている女の子の目の前で、一ひき、二ひきと、羊たちは」

そこまで読んだとき、校庭から大きなどよめきが聞こえてきた。

「ほ、ほぇ?」

教科書から目をはなすと、クラスのみんなが校庭のほうを見ている。
「ど、どうしたの?」
「見て見て、すみれちゃん!龍平くんが!」
つかさちゃんが、校庭のほうを指さしている。
「龍平が、どうかしたの?!」

あたしは思わず窓に駆け寄って、校庭を見た。
そういえば、この時間、龍平のクラスは、体育だ。

「ほ、ほぇーっ!」

あたしは、驚いた。

龍平が、徒競走で3位で走っている!
運動神経がダメな龍平は、いつも走るのはビリになる。
それが、きょうは3番め!

さっきのどよめきは、そんな龍平を応援する女の子たちの声だったんだ。
そして、それは今も続いている。

龍くん、龍くん、龍くん、龍くん・・・

そして、その応援の声がひときわ大きくなると同時に、

「ゴールっ!!!」

龍平が、とうとう3位でゴールした。

うわーっ!

と、同時に龍平は女の子たちに囲まれ、もみくちゃにされる。

「龍平!」
「あ、木之本さん!」

あたしは、教室から飛び出した。

「龍平!」
あたしは、教室から飛び出すと、龍平のそばまで走っていった。
「お、おねえちゃん?」
まだ肩で息をしながら、龍平があたしの顔を見る。
「だいじょうぶ?きのうは寝ていないんだから、無理をしちゃだめ!
調子が悪くなったら先生に言うって、パパと約束したじゃない!」
「だ、だいじょうぶだよ、おねえちゃん」
龍平がにっこり笑って答えた。
「まだちょっと苦しいけど、きょうはとってもからだが軽かったんだ」
「だからって無理しちゃだめでしょ!」
「うん、ごめん。でも、体育の授業ももう終わりだし、ぼく、ほんとうにだいじょうぶだよ」

「もういいか、木之本」
「小見先生」
あたしたちに声をかけたのは、小見先生だった。
「先生、先生ももうだいじょうぶなんですか?」
「あぁ、だいじょうぶだ!」
先週まで入院していた、小見先生が胸を張って答えた。

「俺はかつて悪魔将軍と呼ばれ、スレまで立てたんだ。神宮寺先生との勝負もある。
3スレが立った以上、戻らないわけにはいかんだろう」

「「ほ、ほぇ〜っ」」

先生のことばに、あたしと龍平はお約束のリアクションをする。

そして、
「先生、龍平はちょっといろいろあって、きのうは寝ていないんです。
ですから、きょうの体育も見学していたほうがよかったんです」
「そうか。それは先生も気がつかなかった。たいじょうぶか、木之本」
先生が龍平の顔をのぞきこむくと
「だいじょうぶです」
「じゃ、残りの生徒が走るのを見ていなさい。それから、きょうは、よくがんばったな」
「はい」

そのときの龍平の顔は、ちょっぴり、かっこよかった。

「木之本?」
「はい、先生」
「弟の心配をするのはけっこうだが、自分の授業があるだろう」
「あ、はい!」
「教室の方を見ろ。窓から、みんなお前のことを見ているぞ」

「ほぇ〜っ!」

先生の言うとおりだ。知美ちゃんはビデオを持っているし、衛くんまで・・・
なぜか、あたしの顔が赤くなった。

「す、すみませんでした!」

龍平のクラスの子たちが、ドッと笑う。

「あたし、教室まで戻ります。龍平、きょうはいっしょに帰ろう。
寄り道しないでまっすぐ帰って、きょうは早く寝るんだよ」
「う、うん」

あたしは龍平がうなずくのを確かめると、走り出した。

「あわてるすみれちゃんも超絶かわいいですわ〜!」

そんなあたしを撮影している、知美ちゃんの声が聞こえてくる。
あたしの顔は、ますます赤くなった。


そして、その日の授業が終わると、あたしは龍平を引っぱるようにして家に帰った。

「ほんとう、体育のときは心配したんだから」
「ご、ごめん」
「きのうは寝ていないんだから、きょうはさっさと寝るんだよ」
「う、うん。でも」
「でも、なぁに?」
「ぜんぜん、眠くないんだ」
「ほぇ?」
「ほんとうに眠くないんだ。それにからだも軽くて、いつもより調子がいいぐらいなんだ」
「でもでも、龍平はきのう寝ていないし、カードのことでがんばってくれたのはうれしいんだけど、
無理しているのは間違いないんだから、ぜったい、きょうは寝なくちゃだめ!」
「うん。でも、眠くなんかないんだ」

そんなことをずっと言い合っているうちに、おうちに着く。

「「ただいまーっ」」

「あ、帰って来たようね」

返ってきたのは、いつもの「おかえりなさい」というママの声じゃなかった。 


あたしと龍平が玄関でくつを脱いでいると、ぱたぱたとスリッパの音が近づいてきた。だれなんだろう、と思っていると

「ニーハォ!」

とつぜん、中国語のあいさつ。あたしたちの目の前に現れたのは

「め、苺鈴おば」

むぎゅーっ!

・・・さん、と言おうとした、あたしのほっぺたが思いっきり両側に引っぱられた。

「ほ、ほぇ〜っ」(←ほっぺたを引っぱられているので、うまくしゃべれない)

「すみれちゃん、いま、なんて言おうとしたの???」

あたしのほっぺたを引っぱりながら、苺鈴おばさん・・・じゃなかった、苺鈴おねえさんが聞く。

「へ、へいりん、ほえーはん」(苺鈴おねえさん)

あたしがじたばたしていると、やっと、ママがやって来た。

「め、苺鈴ちゃん!」

「はい、これ、おねえちゃんの分だよ」
「ありがとう」

あたしは、龍平から紅茶のカップを受け取ると、テーブルに置いた。
テーブルの反対側には、ママとパパ、そして苺鈴おねえさんがすわっている。
ケロちゃんは、テーブルの上でクッキーをほおばっている。

「苺鈴、ちょっとやりすぎだぞ」

パパが言うと

「ごめんなさい。でも、おばさんはないと思うわ」

苺鈴おねえさんも言い返す。

パパはため息をついた。

「とにかく、これからは、すみれにあんなことをしないでくれ」
「わかった。もうしないと約束する。でもね、すみれちゃん」
「はい?」

とつぜん、話をふられて、あたしは少し緊張する。

「すみれちゃんも約束して。わたしのことを、もうおばさんなんて呼ばないって」
「わ、わかりました」

そうして、一息ついてから、あたしは質問した。

「どうして、とつぜん、日本に来たんですか?」

「ファイトのカードを香港に連れて行くためよ」

「ほぇ?」

苺鈴おねえさんの答えを聞いて、あたしは不思議に思った。
たしかに、ファイトさんを今日中に香港にある魔方陣のところまで連れて行ってあげないといけない。
でも、どうして苺鈴おばさんが・・・?

「けさ、言ったでしょ?今のファイトさんは、外から魔力の影響を受けるのが、一番だめなの。
香港の魔方陣のところまで、魔力を持たない人が連れて行ってあげなくちゃいけないのよ」

ママがそう答えると、苺鈴おねえさんは、えっへーん、という感じで

「そう、それで、おばさまから、わたしのところに連絡が来たのよ。
魔力を持たないわたしなら、カードを連れて来るのにうってつけだって」
「あ、ありがとうございます」
「ううん、礼を言うのは、わたしのほうだよ、すみれちゃん」
「ほぇ?」

思いがけないことばを聞いて、あたしは苺鈴おねえさんの顔を見つめてしまった。

すると、苺鈴おねえさんは、目を閉じ、手を胸に当てると、ゆっくりと話し出した。

「ずっと考えていたの。わたしにできることは何だろうって。わたしって、李家に生まれたのに魔力を持たないでしょ。
だから、そのことをいつも考えてたの」

「・・・」

パパが、苺鈴おねえさんのほうを見た。

「だからね、小狼。わたし、つい、言っちゃったでしょ。ツインのカードを封印するときに、わたし、じゃまだからって」
「苺鈴、ばかなことを言うんじゃない。あのときも言ったはずだ」
「うん。言ってくれたよね。『オレはお前のことをじゃまなんて思ったことないぞ』ってね。覚えているよ。
でもね、どうしても考えちゃうんだ。わたしに魔力があったら、カード集めでも、いろいろ小狼のこと助けられたはずだって。
それに、李家のみんなが小狼みたいに言ってくれたわけでもないし・・・」

「・・・」

パパとママはだまってしまった。

苺鈴おねえさんは、そんなパパとママに、

「やめてよ、ふたりが落ちこむことなんかないでしょ。これはわたしの問題なんだし。それに、今度のことはほんとうに
うれしかったんだ」

「だって考えてみなさいよ。ファイトのカードを香港に連れて行けるのは、魔力を持たないわたしだけなの。
李家の中で、わたしだけができるんだから」

苺鈴おねえさんは、あたしのほうを見て

「だからね、すみれちゃん。わたしはありがとうって言いたいの。わたしができること、ううん、わたしだけができることが
こうしてあるんだから。それもすみれちゃんがクロウ・カードを集めているおかげ!」

あたしは、どう答えたらいいかわからないでいると、

「だ・か・ら、任せて!この、李苺鈴さまが、ファイトのカードを必ず香港まで連れて行ってあげるわ。
安心して、残りのカードを集めちゃいなさい!」

「は、はい」

「うーん、なんでみんな元気がないの? せっかくひさしぶりに会えたんだし、この次に会えるのは、たぶん李家祭天の
ときになっちゃうんだよ」
「李家祭天って、もう準備が始まっているんですか?」

質問したのは、龍平だ。

「うん! なんたって、8年に1度のことだからね。いろいろと始まっているわ」

李家祭天っていうのは、李家のご先祖様を祭る大きな行事。それからあたしたちは、その行事のこと、李家のご先祖様のこと、
香港のおばあちゃんやおばさん(パパのおねえさん)たちのことなどをお話し出した。

「小狼くん、もう、そこの交差点まで来ているわ」
ママがケータイをのぞきながら、パパに言った。ケータイの画面には、苺鈴おねえさんが乗るタクシーの位置が表示されている。
「苺鈴、そろそろ空港に行く時間だ。カードのことはよろしく頼んだぞ」
「うん」
いすから立ち上がった苺鈴おねえさんは
「カードはすみれちゃんのお部屋よね」
「うん、あたし、持ってくるよ」
「だめよ、すみれちゃん」
「ほぇ?」
あたしは、ママの顔を見た。
「朝も言ったでしょ? 今のファイトさんは魔力の影響を受けるのがいけないの。魔力を持つわたしたちは近づかないほうが
いいのよ」
ママに言われて、
「そっか」
あたしはうなずいた。苺鈴おねえさんが、パパの車じゃなくタクシーで空港まで行くのも、狭い車の中でファイトさんに魔力が
影響しないようにするためなんだ。それでも、あたしはファイトさんのことが心配だ。少しでもそばにいてあげたい。
そんなあたしの顔を見た苺鈴おねえさんは
「なにを心配してるの? さっきも言ったでしょ、この李苺鈴さまが、ファイトのカードを必ず香港まで連れて行ってあげるって。
だから、そんな顔しないで。すみれちゃんがそんな顔してたら、きっと、ファイトのカードも悲しむと思うな」
「は、はい」
答えながら、あたしは涙が出そうになっていたことに気が付いた。目をこすって、がまんする。

そして、タクシーがおうちの前に止まった。あたしと、ママと、パパと龍平は玄関を出て苺鈴おねえさんを待つ。
「お待たせーっ」
と言って、苺鈴おねえさんがあたしの部屋から下りて来た。両手でファイトさんを入れた法器を持っている。
あたしたちは、ファイトさんに影響を与えないように、苺鈴おねえさんから離れるようにする。
あたしたちの誰も苺鈴おねえさんに近づかないのと、ディッシュカバーのような法器が珍しいらしく、タクシーの運転手さんは
不思議そうな顔であたしたちのほうを見ている。

「じゃあ、頼んだぞ、苺鈴」
「はい、任せて」
「苺鈴ちゃん、お義母さまにもよろしく伝えてね」
「うん、わかった」
苺鈴おねえさんは、次に龍平を見て
「龍くんも、パパやママに負けないように、わたしの分まで魔法を勉強するんだよ」
「うん、がんばるよ」
そしてあたしには
「カードさんとはしばらくお別れね。いつになるかはわからないけれど、カードさんが元気になる方法がわかるまで
おばさまたちが絶対守るから。だから、すみれちゃんもがんばって」
「はい、がんばります!」

そして、苺鈴おねえさんがあたしの前を通り過ぎるときに、あたしは聞いたんだ。

(ありがとう)

それはファイトさんのことばだった。あとから聞いたのだけど、誰もファイトさんのことばを聞いていなかったし、
パパの話だと、今のファイトさんに念話をするほどの魔力は残っていないはずなんだそうだ。
それでも、あたしは聞いたんだ。ファイトさんのことばを。

「空港まで」

運転手さんにそう告げると、苺鈴おねえさんはにっこり笑って、タクシーの中から手を振った。

そして、タクシーがおうちの前に止まった。あたしと、ママと、パパと龍平は玄関を出て苺鈴おねえさんを待つ。
「お待たせーっ」
と言って、苺鈴おねえさんがあたしの部屋から下りて来た。両手でファイトさんを入れた法器を持っている。
あたしたちは、ファイトさんに影響を与えないように、苺鈴おねえさんから離れるようにする。
あたしたちの誰も苺鈴おねえさんに近づかないのと、ディッシュカバーのような法器が珍しいらしく、タクシーの運転手さんは
不思議そうな顔であたしたちのほうを見ている。
「じゃあ、頼んだぞ、苺鈴」
「はい、任せて」
「苺鈴ちゃん、お義母さまにもよろしく伝えてね」
「うん、わかった」
苺鈴おねえさんは、次に龍平を見て
「龍くんも、パパやママに負けないように、わたしの分まで魔法を勉強するんだよ」
「うん、がんばるよ」
そしてあたしには
「カードさんとはしばらくお別れね。いつになるかはわからないけれど、カードさんが元気になる方法がわかるまで
おばさまたちが絶対守るから。だから、すみれちゃんもがんばって」
「はい、がんばります!」

そして、苺鈴おねえさんがあたしの前を通り過ぎるときに、あたしは聞いたんだ。

(ありがとう)

それはファイトさんのことばだった。あとから聞いたのだけど、誰もファイトさんのことばを聞いていなかったし、
パパの話だと、今のファイトさんに念話をするほどの魔力は残っていないはずなんだそうだ。
それでも、あたしは聞いたんだ。ファイトさんのことばを。

「空港まで」

運転手さんにそう告げると、苺鈴おねえさんはにっこり笑って、タクシーの中から手を振った。

そして、その晩遅く、あたしにおばあちゃんからの電話があった。

ファイトさんは、魔方陣の中で無事に眠りについたそうだ。

「話は小狼から聞いています。いろいろと大変でしたね」
「はい」
「・・・これからも、あなたのまわりにはいろいろなことが起きると思います。
けれども、どんなことが起きても、負けないで、決して自分を見失わないように」
「はい」
「あなたがくじけそうになったとき、きっとあなたのまわりの人が力になってくれるでしょう」
「はい、今までパパやママ、それに龍平に、しぃ先生やみんながいろいろなことで助けてくれました」
「そうですね。私も、今はそばにいませんが、あなたを想う気持ちはみんなといっしょです」
「・・・ありがとう、おばあちゃん」

あたしの胸はいっぱいになった。

これでファイトさんが消えることはなくなった。魔方陣に守られて、これ以上魔力が減ることはなくなったんだ。
けれど、それでは眠ったまま。ファイトさんがもう一度実体化して、またあの拳法をできるようになるためには、
あたしがなんとかしなくちゃいけないんだ。

そのために何をすればいいのかわからないけど、いつになれば何かができるようになるのかもわからないけど、
あたしがなんとかしなくちゃいけない。

『こんどは、あたしがファイトさんの主になってあげる。そうしたら、もう二度とファイトさんに
ひどいことにさせない。約束するよ』

ペンギン公園で、あたしはファイトさんに約束した。その約束を、いつかきっと守るんだ。

 
そんなことを考えているうちに、その日のあたしは眠ってしまった。

けれども、それでお話が終わりにはならなかったんだ。

今度は龍平がおかしくなって−あの日から、ファイトさんを守る魔方陣を見つけた日から、龍平は寝ていない。

眠れなくなってしまったんだ。

 

 

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