第8話 すみれとかすみのウェディングドレス

その出来事は、あたしのケータイにかかってきた桃矢おじさんからの電話で始まった。
「はい、すみれです」
その1分後、あたしはパニックになっていた。
「え〜!ママが衛(ウェイ)くんと結婚ですって?!
そんなぁ!ママにはパパがいるんだよ!」
ケータイの向こうでは、桃矢おじさんもあわてていた。
「落ち着け、すみれ!俺の話を聞け!」
「ほぇ〜!衛くんのこと、パパって呼ばなきゃいけないの〜?!」
「いいから、落ち着け!」
「ほぇ〜!」
「いいから、俺の話を聞け!」
「あわわ※∂∇√!、おじさん!」
パニックになっていたあたしは、椅子から落ちていた。

「お、おじさん、びっくりさせないでください!
ケータイの画面からホログラムで飛び出てくるなんて、
昔のギャグアニメみたいじゃないですか!」
「俺の話をちゃんと聞かないからだ」
桃矢おじさんのホログラムは、そう言った。
「じゃあ、最初から話すぞ。元服って言葉、聞いたことあるか?」
「はい、昔の成人式みたいなものですね」
「そうだ。昔は数え年で12才ぐらい、すみれの年令ぐらいで大人になったんだ」
「そうなんですか。ずいぶん早いんですね」
「成人式だけじゃなくて、昔は結婚するのも早かった」
「時代劇のドラマで、そんなシーンを見たことはあります」
「で、張(チャン)教授の話によると、衛(ウェイ)家では代々、
すみれと同い年になると親の選んだ相手と結婚するというしきたりが
あるそうなんだ」
「でも、それは昔の話ですよね?」
「そうでもないんだ」
「そんなぁ。だいたい、親が結婚相手を選ぶなんて・・・」
「まぁ、聞け」
桃矢おじさんは、話を続けた。

「昔は、親の権威は絶対だった。子供も、親の言うことを聞くのが当然だったし、
親孝行をするのも、今よりずーっと大切なことだった」
「・・・はい」
「だが、子供も自分の結婚相手は、自分で選びたい。
でも、親が決めた相手と結婚しないと、親孝行ができないことになる。
そこが問題だった」
「・・・昔の人って、変なことに悩んだんですね」
「俺もよくわからんが・・・で、とにかく、今から100年ぐらい前の
衛家では、それまで本当に結婚していたのを形だけにしたんだ」
「どーゆーことですか?」
「つまり、すみれと同い年になった衛家の男は、親の選んだ相手と形だけの
結婚式をして親孝行を済ませる。親孝行が済んだ後は、大人になって
自分の見つけた相手と結婚してもいい、ということになったんだ」
「変なの」
「・・・衛家の人たちってのは、イベント好きが多いらしい。
まぁ、ままごとのような可愛いカップルが式を挙げるわけだからな。
一族の楽しいイベントとして、今でも続いているってことなんだ。
そこで、あのエドワードっていったかな、あの子の花嫁に
俺の娘をお願いしたいと、張教授に頼まれたんだよ」
「おじさんの娘?おじさん、独身じゃないですか」
「忘れたのか?俺は、木之本かすみの父親なんだぞ」

・・・そうだった。グルーのカードを封印しに行く途中、
カードを集めていた頃の姿になっていたママを、衛くんに見られたんだ。
『はじめまして。すみれちゃんのいとこの木之本かすみです』
それが、とっさに出た、ママのあいさつだった。
そのママであるかすみを衛くんの花嫁に、という話がきたんだ。
そして、そのかすみの父親ということになっているのが、桃矢おじさん。

あの時の衛くんは、確かに顔がちょっと赤くなっていた。
「なんで・・・」
あたしは、ちょっと言葉につまった。
(あたしじゃないんですか?)
と、言いそうになってしまったからだ。でも、そんなことは聞けなくて
「なんで、ママに直接聞かないんですか?」
「さくらに直接聞いたら、あいつ(小狼)に遠慮するだろうし・・・」
ホログラムの桃矢おじさんは、ちょっと考えていた。
「かわりにといってはなんだが、すみれはどうだ?
俺は、すみれのウェディングドレスを見るのもいいかな、と思っている」
「あ、あたしはいいです!」
思わず、あたしは答えていた。
「そうか。ちょっと残念だな。
張教授が言っていたよ。『一族をあげてのコスプレパーティだと考えてください』って。
すみれも、さくらも、大道寺さんの作る衣装で、いつもコスプレしているようなもんだからな」
「コスプレ・・・って」
あたしの頭におっきな汗が浮いた。
あたしたち、桃矢おじさんに誤解されているのかもしれない。
「じゃ、さくらによろしく伝えてくれ」
桃矢おじさんのホログラムが消えた。


次の日、中国拳法のクラブが終わると、あたしは衛(ウェイ)くんに声をかけた。
衛くんは、休み時間になると、クラスの男の子たちとすかさず校庭に
ダッシュしていっちゃうから、クラブの時でないとなかなかつかまらないんだ。
「なに?木之本さん」
「ちょっと、お話したいことがあるの。途中まで一緒に帰らない?」
「いいよ。ぼくも木之本さんに聞きたいことがあるんだ」

あたしたちは校庭に出た。
「衛くんの家って、どっちの方?」
「図書館の近くのマンション」
「そうなんだ。で、あたしに聞きたいことって、なに?」
「表演服を作りたいんだけど、どこで作ればいいのかな?日本じゃ、良い店なさそうだし・・・」
「あ、それなら、いいお店あるよ。あたしやパパのを作ったお店、今度、紹介してあげる」
「木之本さんのお父さんも、中国拳法やるんだ」
「うん、すっごく強いよ。それに・・・」
あたしは、パパが魔法も使えるしって言いそうになって、あわててしまった。
そんなあたしを見て、衛くんはちょっと不思議そうだったけど、
「ところで、木之本さんが僕に聞きたいことって?」
「う、うん。あの結婚式のことなんだ」
「ああ、木之本さんのとこにも連絡がいったんだ。おばあちゃん、張り切ってるよ」
「そうなんだ」
衛くんは、かばんからPDAを取り出した。
「父さんの時の写真を入れてあるんだ」
画像が出てきた。あたしたちと同い年のカップルの結婚写真。
タキシードを着た男の子の方は、顔がまっかっかだ。
ウェディングドレスを着ている女の子の方は、ちょっと恥ずかしそうに、
でもとってもうれしそうに寄り添っている。
「衛くん、お父さん似なんだね」
「そうかなぁ?」
「お父さん、めがねしているからだよ。めがね取ったら、すっごい似てる!」
「う〜ん。そんなこと、言われたの、初めてだ」
「お父さん、顔、真っ赤だね」
「うん。父さんのこと、この時一番かわいく思ったって、母さんがいつも言うんだ」
「というと?」
「父さんの隣、母さんだよ。ふたりは幼なじみで、この後・・・」
衛くんがスイッチを押すと、画面が別の結婚写真に切り替わった。
「大学院を出てから、本当に結婚したんだ」
「そうなんだ。すてきだね」
「でも、この時はまだふたりは結婚するなんて思ってなかったよ」
そう言うと、衛くんは、画面を別の写真に切り替えた。
「これを見て」
「な、なにこれ!」
画面のまんなかには、衛くんのパパとママ。でもそのまわりに花嫁さんがいっぱい!
「20人ぐらいいる!」
「イベントだからね。花嫁は大勢の方が良かったみたい。
クラスの女の子、全員に花嫁になってもらったそうだよ」
「はぅ」
あたしの頭に、おっきな汗が浮いた。
「最近は地味婚になって、2年前、いとこの時は、花嫁は3人だった。
おばあちゃんは、かすみさんひとりでもかまわないって言っているけどね」
「3人で地味婚って・・・あ・・・」
あたしは、あることに気がついた。
「あの、聞いていいかな?衛くんのパパとママって、どうしてるの?日本に来ていないよね?」
「ぼくが小さい時に交通事故で亡くなって」
「そ、そうなんだ、ご、ごめん。変なこと聞いちゃって」
衛くんは、くすっと笑って言った。
「・・・なんてことはなくて、ちゃんと生きているよ。父さんと母さんは」

「・・・南極で隕石の研究をしているので、日本には来れないってわけね」
ママは、衛くんのパパとママの写真−別れ際に、衛くんのPDAから
あたしのケータイに転送してもらった−を見ながら言った。
「で、ママ、どうするの?花嫁さんになるの?」
「いい話じゃない?ウェディングドレスとかは、みんな先方で用意してくれるんでしょう?」
「桃矢おじさんは、そう言っていました」
「だったら、OKね。女の子は、ウェディングドレスを一度は着てみたいもの」
「ほぇ?ママ、いいの?パパが何か言うかもしれないよ。
それに、ママは、もう結婚式でウェディングドレスは着ているよね?」
「ほんとは、ママも、もう一度着てみたいけど」
ママはケータイを取り出すと、桃矢おじさんに電話をかけながら言った。
「衛くんとの式には、ママも付き添いで出なくちゃいけないでしょ?
だから、ママは花嫁さんにはなれないわ。
かすみちゃんは、ミラーさんになってもらいましょう」


そして今日は、式の打ち合わせの日。ドレスなどを決める日だ。
あたしたちは、式を行う会場に集まった。
「よぉ、ってなんだぁ?」
桃矢おじさんが、けげんな顔をした。無理もない。
今日来たのは、あたしとママとミラーさんに加えて
「どうして、大道寺さんとこの子や龍平まで来てるんだ」
「母が、ぜひ参加しなさいと申しまして・・・」
もちろん、知美ちゃんの手にはビデオカメラがあった。
「知世ちゃんに、電話で言っちゃったのよね」
ママは、てへへって感じでフォローする。
「で、なんで龍平まで?」
「あたしがお願いしましたの。こんな撮影チャンスはありませんわ〜」
「と、知美ちゃん・・・」
キラキラ光る星に囲まれた知美ちゃんを見て、あたしたちは固まった。
「・・・何を撮影しようとしているんだろう・・・」

「おはようございます」
張(チャン)教授と衛(ウェイ)くんだ。
「おはようございます」
あたしたちはあいさつをした。
「皆さん、おそろいのようですね。こちらの方で打ち合わせをしましょう」

「あなたがすみれさん?可愛いお嬢さんね」
「い、いえ、そんなことありません・・・」
木之本すみれになっている、ミラーさんは赤くなっていた。
「エドワードの話ですと、元気いっぱいって聞いていましたけど、おとなしい感じですわね」
「この子は、緊張しているんですよ」
桃矢おじさんがフォローする。
ミラーさんの顔は、ますます赤くなっていった。
そのそばで、ママはドレスなどのリストを見て、びっくりしていた。
「すごい・・・信じられないよ。
キッズウェディング用に、こんなにそろっているなんて・・・」
ママの話によると、七五三などの記念写真用に、子供向けのウェディングドレスを
そろえている所は珍しくないけれど、こんなに本格的な品揃えは考えられないということだった。
「だって、ちゃんとトレーン(引き裾)が付いているドレスもあるし、
マーメイドライン(スカートのひざから下が膨らむライン)のドレスもあるわ。
これって、背が高くないと似合わないから、キッズ用にはないのが普通なのよ」
「お気にいただけましたか?せっかく、可愛いお嬢さんに着ていただくんですから
いろいろ選べるように手配しましたのよ。今日は時間もたっぷりとりましたし
ゆっくり選んでいってくださいな」
張教授の言葉に、あたしたちはうなづくだけだった。
・・・なんか、すごいことになってきたみたい。

「じゃ、ドレス選びは皆さんに任せて、男性諸氏は、お茶でも飲みに行きましょう」
そうゆう桃矢おじさんに、質問したのは龍平だった。
「え?衛くんも花婿衣装とか決めるんじゃないんですか?」
「龍平、こーゆー場合、男の衣装は、選択の余地がないの。あっても2,3種類。
それに引き換え、ウェディングドレスが決まるまでは何時間もかかるんだぞ」
「でも・・・」
「龍平、それからもうひとつ忠告しておく」
桃矢おじさんは、まじめな顔になった。
「このままいると、お前もウェディングドレスを着せられるぞ。いいのか?」
「え〜!」
「さくらと知美を見ろ。図星って顔をしてるぞ」
あたしは、ふたりの顔を見た。・・・ほんとうに、図星って顔をしている。
「見、見抜かれていたのね・・・」
と言ったのはママ。
「せっかくのチャンスですもの。ぜひぜひ、龍くんの超絶かわいい
ウェディングドレス姿を撮らせてくださいな・・・」
と言ったのは知美ちゃんだった。

「はぅー」
あたしと龍平の頭に、おっきな汗が浮いた。

「じゃ、さくら、ドレスが決まったら、ケータイに連絡いれてくれ・・・ん?」
出て行こうとする桃矢おじさんの上着のすそを、ミラーさんがつかんでいた。
そして、つぶやくような小さな声を出した。
「ドレス・・・見ててください」
ほぇ?という感じだった、桃矢おじさんの表情がやさしくなった。
「わかった。見ててやるよ」

そして、ドレス選びが始まった。ママとミラーさんが選ぶのだけど、
目移りしているようでなかなか決まらない。
「わぁー!」
試着室から出てきたミラーさんを見て、みんな声をあげた。
ウェディングドレスを着たミラーさんは、ほんとうにかわいい。
桃矢おじさんの前で、ミラーさんはまっかになっていた。
「すてきですわ〜」
さっそく、知美ちゃんが撮影を始める。
「そ、そんな、はずかしいです」
「はずかしがってはいけませんわ。ミラー、いえ、かすみちゃんも超絶かわいいんですからぁ」

「ところで、お願いがあるのですが・・・」
最初の試着を終えた後、張教授がママに声をかけた。
「なんですか?」
「式のスケジュールを考えると、お色直しで花嫁が席にいない時間が長すぎます。
そこでなんですが、すみれさんや、知美さんにも花嫁になっていただけませんか?」

結局、花嫁が大勢いた方がイベントが盛り上がるということと、
せっかくのチャンスだからということで
ミラーさんに加えて、あたしや知美ちゃんも花嫁になることになった。
それからが、大変だ。ママやあたし、ミラーさんに知美ちゃん、張教授までが
加わってドレスを選ぶことになったからだ。

・・・そうして何回も試着が繰り返され、長い時間がたった・・・

まず、ミラーさんは、スカートがふんわりとしたバルーンラインの
ミニ丈のウェディングドレスになった。

知美ちゃんは、おとなっぽい、スレンダーラインのウェディングドレス。

龍平は、Aラインのウェディングドレスになった。
もっとも、これは試着だけで、本番では着ないけど。
それでも、知美ちゃんが一番熱心に撮影していたのは、龍平のドレス姿だった。

そして、あたしが着るのは、長ーいトレーンの付いたプリンセスラインのドレスになった。

「お待たせー。衛くんの衣装を決める番だよ」
「ああ、木之本さんのおじさんの言葉、本当だったんだ」
「ほえ?」
「龍平君はウェディングドレスを着せられちゃったし、何時間も待ったし・・・」
衛くんは、ほんとうに待ちくたびれていた。

そして、いよいよ本番の日。
「さぁ、小狼くん、出発しましょう」
朝ご飯の後、ママはパパに声をかけた。
「ああ」
パパは、ちょっと機嫌が悪い。
パパが、今回の式のことを知ったのは、ドレスやスケジュールが決まった後だった。
その時のパパの反応は
「なんで、もっと早く俺に教えなかったんだ」
「ごめん、ごめん。あの時、小狼くん、日本にいなかったし、
これ、ただのコスプレイベントみたいなものだから・・・」
「なら、なぜ俺まで出なくちゃならない?」
「だって、すみれちゃんがバージンロード歩くんだよ。
花嫁の父親役、お兄ちゃんに頼んじゃっていいのかな?」
「うっ・・・それはいやだ」
結局、パパも今日の式に参加してくれることになったんだ。

ドレスが決まった後、式の打ち合わせで、あたしが教会での式に出ることになった。
最初はミラーさんの予定だったんだけど、あたしの選んだドレスがトレーン付きで
バージンロードに一番映える、という理由であたしになった。
次の、衛家に伝わる結婚の儀式−何か呪文みたいなのを聞いているだけでいいらしい−はミラーさんが、
その後、会場回って衛家式の祝福を受けるのは、一番動きやすいドレスを選んだ知美ちゃんになったんだ。
最後に3人であいさつをして、ガーデンパーティにする、というのが今日の予定だ。

「すみれちゃん、龍くん、ミラーさん、出発だよお」
「はーい、ケロちゃん、留守番、お願いね」
「おぅ!おみやげ、忘れんといてやー!」

「今日の式は、確か、内輪のイベントのはずだったわね・・・」
会場で、あたしたちは立ち尽くしていた。
「あ、お兄ちゃん、知美ちゃん!」
「あ、おはよう、さくら。なんかすげーな、今日の式」
「200人ぐらいですか?来ていらっしゃるのは・・・」

「186人ですわ」
「わっ!張教授じゃないですか?いつのまにここにいらしていたんですか?」
桃矢おじさんが尋ねる。
「驚かせてしまって、すみません」
「それにしても、内輪のイベントでも、この規模なんですか?
それに、いろんな国から来ているようですが・・・」
桃矢おじさんの質問に、張教授は答えてくれた。
「衛家は、世界120カ国に散らばっていますの。今日来た親戚は、ほんの一部です」
「世界120カ国・・・」
パパがつぶやいた。
「李家でも、20カ国ぐらいだな」
「母の会社でも、やっと10カ国に子会社を作ったところなのに・・・」
知美ちゃんもつぶやいた。でも、親戚と会社を比べるのはちょっと違うと思う。

「さぁ、木之本家のみなさんの控え室は、あちらの方です」
張教授に言われて、あたしたちは移動しようとした。
「ほぇ?」
「なにかありましたの、すみれさん?」
「い、いえ、なんでもないです」
あたしは、そう答えると歩き出した。
(今、一瞬、魔力の気配があったような・・・)

(さすがですわね)
そうつぶやくと、張は、控え室のドアを閉め、参列者に注意を促した。
「すみません。あの人たちは、クロウ・リードの血を引いています。
気づかれる恐れがありますので、委員会の方々も、魔力の気配はさせないように、お願いします」
「今のかすかな気配がわかったんだ」
そばから、エドワードが声をかける。
「ええ」
「じゃ、ぼくも準備をするよ。今日は忙しくなるね」

「すみれちゃん、かわいかったよ」
「そうかなぁ、ママ」
「そうだよ。後でビデオもらえるからね」
教会の式が終わって、ママとパパ、あたしは控え室に戻っていた。
イベントのはずなのに、パパはちょっと泣いたみたい。
「小狼くん、すみれちゃんが本当にお嫁に行く時は、どうなっちゃうのかな?」
「うるさい」
パパはママにからかわれていた。
「あとは、最後のあいさつまで待つだけだよね。トレーンは、はずしちゃったし」
その時、控え室のドアが開く音がした。
「終わったぞー、かすみの出番」
声の方を向くと、桃矢おじさんに連れられたミラーさんがいた。
「た、楽しかったです」
そう言うと、ミラーさんは桃矢おじさんを見て微笑んだ。
「そりゃよかった」
おじさんも、ミラーさんに微笑み返した。

その頃、会場では、
「そろそろ、カードの花嫁さんにかけた呪文が発動する時間ですわね、エドワード」
「そうだね。悪いけど、大道寺さんには少し待ってもらわなきゃ」

「なに、この気配?」
「これは、クロウ・カードの気配だ!」
控え室で、あたしたちは驚いた。こんな所でクロウ・カードの気配がするなんて!
「お姉ちゃん、この気配は?!」
会場に向かっていた知美ちゃんと龍平が戻ってきた。龍平も気配がわかったらしい。
「キャッ!」
最初に声を上げたのは、ミラーさんだった。
「か、身体が動きません」
そう言うと、ミラーさんは床にへたりこんだ。
「ミラー!」
桃矢おじさんがミラーさんに駆け寄った。
「大丈夫か?!」
「大丈夫、ミラーさん、うっ!」
次に声を上げたのは、ママだった。
「どうしたんだ、さくら!」
床にすわりこんだママには、パパが駆け寄った。
「小、小狼くん、力が、魔力が抜けていくの・・・」
「なんだって!?」

その時、ジィッという低い音がした。
「ミラー!」
桃矢おじさんが叫んだ。
「ミラーさん、今のは?!」
あたしは、自分の目を疑った。一瞬、ミラーさんの身体が透けたからだ。
「雪の時と同じだ」
「雪兎おじさんと?」
あたしは、思わず聞き返した。
「俺が魔力を渡す前、さくらの魔力じゃ足りなくて、雪が消えかけたことがある。その時と同じだ」
「そんなぁ?どうして」
ジィッ
また、音がした。ミラーさんの身体が、また透けた。
「カードがミラーの身体の自由を奪って、魔力を吸い取っているんだ!」
「小狼くん、そんなカードって?うぅ!」
また、ジィッという音がした。ミラーさんの身体が、また透けた。
「うぅ」
「さくら!」
ママが、カードを集めていた頃の姿に戻ってしまった。
おとなでいられなくなるほど、魔力に余裕がなくなったんだ。
「あ、あたしは、まだ大丈夫」
けれど、ママはつらそうだった。

「さくらさん、私にかまわず、私に魔力を送るのはやめてください。そうしないと、さくらさんまで」
「だめぇ!」
ママはきっぱりと言った。
「あなたを、見殺しにはできないわ」
「ですが、カードである私のために、主(あるじ)であるあなたが」
「主とか、そんなんじゃない。だから、ミラーさんを見殺しにはしない!」
「さくらさん・・・」
そうしている間にも、ミラーさんから魔力が吸い取られていく。
身体が透明になる間隔が、だんだん短くなってきた。
それにつれて、ママも苦しそうになっている。
桃矢おじさんが、叫んだ。
「すみれ、何とか、この子を、ミラーを助けてくれ!
俺は・・・俺は、この子が消えるのはいやだ!」
「・・・おじさん。でも、何のカードのしわざかわかんないよ」
また、ジィッという音がした。ミラーさんの身体が透けた。
「!」
「お姉ちゃん、今、何か見えなかった?」
「うん、見えたよ。ママ、ミラーさんに魔力を送るの、止めてちょうだい!」
「でも、そんなことをしたら、ミラーさんが消えちゃう!」
「今、少し見えたの。ミラーさんが透明になると、カードの正体が見えるから。
だから、ママ、お願い!」
「・・・わかった。ミラーさん、苦しいでしょうけどがまんできる?」
「はい、さくらさん」
ミラーさんが答えると、ママはうなづいた。
「じゃ、止めるよ」
すると、ミラーさんの身体が透けた。
あたしは、目を凝らした。
「見えたよ!ミラーさんの身体、ロープで縛られている!」
あたしは、急いで封印の杖を解除した。
「封印解除(レリーズ)!」
「おじさん、ロープを切ります!どいてください!」
「ソード!」
あたしは、ミラーさんを縛っていたロープを切り裂いた。
ばらばらになったロープが、空中で実体化する。
「汝のあるべき姿に戻れ!クロウ・カード!」

あたしの手に滑り込んできたのは、ロープ(縄)というカードだった。
「また、さくらカードに無いカードだ。そうだ、ママ、ミラーさん、大丈夫?」
「ママは、もう大丈夫よ。ありがとう、すみれちゃん」
「ミラーさんは?」
「大丈夫です。ありがとうございます。さくらさん、すみれさん、龍平さん。
カードの私のために、こんなにしていただいて。それに・・・」
「・・・よかった。ほんとうによかった」
ミラーさんは、桃矢おじさんに抱きしめられた。
「私、ほんとうにしあわせです・・・」

「あ〜!」
あたしは、あることに気が付いた。
「今ので、ミラーさんのブーケ、つぶれちゃってる!」
「どうしましょう。最後のあいさつはブーケを持っていくんだったわね。
花さえあれば、ママでもブーケ作れるけど・・・そうだ、すみれちゃん」
「うん、フラワーのカードだよね」
あたしは、フラワーのカードさんを取り出した。
「ミラーさんは、かすみちゃんなんだから、かすみ草の花と、
それから、何か青い花があるといいんだよね。フラワー!」
フラワーのカードさんが現れると、かすみ草のフラワーシャワーが降ってきた。
そして、白いかすみ草に混じって
「青いばら・・・すてきですわ」
知美ちゃんがつぶやいた。
フラワーシャワーの中で、ふたりはほんとうにしあわせそうだった。

式が終わった後、エドワードのマンションでの会話
「どうでしたか、委員会の判断は?」
「無事、すみれさんは適格者だと認められたよ。
今日のテストで、彼らがカードを悪用する可能性はまずないと判断された。
あれだけカード想いならって、みんな納得していたよ」
「李家にカードが集中するのはまずいという意見は、どうなりました?」
「それはあったけど、すみれさんだけではカードは使えないし」
「そうでしたわね。すると、委員会の結論は?」
「うん、ゴールデン・ドーンの秩序委員会の名において、この件については、
ぼく、エドワード・ウェイト(Edward Waite)に全面的に任されたってこと」
「おめでとうございます」
「おめでとうなら、すみれさんに言うべきだよね」
飲みかけのコーヒーカップを置くと、エドワードは微笑んだ。

次回予告
たいへん、ママのお友達の「すあま」さんが入院したんですって!
さっそく、ママはお見舞いに出かけたんだけど
え?これもクロウ・カードのしわざ?
ところが、あたしもママも杖を封印解除(レリーズ)できなくなったの!
ケロちゃん、いったい、なにがどうなっているの?

カードキャプターさくらと小狼のこどもたち
すみれとさくらと言葉のチカラ

次回もすみれと一緒に
さくらと一緒に
封印解除(レリーズ)!>>NEXT

BUCK

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