第20話 すみれのしゃりしゃりハンバーグ

 

「龍平、いる?」
その日の放課後、あたしは5年3組の扉を開けた。
「おねえちゃん」
龍平はすぐにあたしに気がついた。
「けさの約束どおり、きょうはつきあってもらうからね」
「うん。でも、その前に、寺田先生のところまでプリントをとどけなきゃ」
「わかった。いっしょに行こう」
教壇の上に積んであるプリントを龍平が取る。高さは30センチぐらいだ。
「重くない?」
「平気だよ、このぐらい」
「よかった。あとでもっと重いものを運んでもらうんだから」
「え?」
「じょうだんだよ。晩ご飯のお買い物だから、そんなに重くならないよ」

そう、この後、あたしと龍平は晩ご飯のお買い物に行くんだ。
だって、きょうの晩ご飯はあたしたちで作るんだもの。

→すみれの回想モード

「ほぇ?パパ、あす帰ってくるの?」
「そうなの。予定より早くなったの」
「ママ、うれしそう」
「だって、小狼くんにまた会えるんだもん」
ママの顔が少し赤くなって、あっちの世界に入っていく・・・
少し時間がたって、ママは
「けど、飛行機が着くのが遅い時間なの。おむかえから帰ると9時過ぎになると思うわ。
だからすみれちゃんたちの晩ご飯、何にしようか?あたためるだけにしておくから」
「それだったら、あたしと龍平で作るよ」
「ほぇ?だいじょうぶ?すみれちゃんや龍くんがお食事を作ったことって」
「最初から全部作ったことはないよ。でも、あたしはママのお手伝いは何回もしてるし」
「それで、何を作るつもりなの?」
「ハンバーグ!好物だし、ハンバーグならママと一緒に作ったことあるし」
「ハンバーグかぁ・・・それならだいじょうぶそうね。じゃ、材料をメモするね」
ママは冷蔵庫を開けると、中を確認しながらメモを書き出した。
そして
「ナツメグとパン粉はあるから、買わなくてもいいわ。ソースに使う赤ワインもね。
だから、これだけ買ってくればいいわよ」
と言って、メモをわたしてくれた。あたしはそのメモを見て
「ママ、この分量って多くない?」
「それでだいじょうぶよ。ケロちゃんの分も入っているから」
「そっか。じゃ、がんばるよ。がんばって、おいしいハンバーグを作るんだ」
「龍くんといっしょにがんばってね」
「うん!」

←すみれの回想モード終わり


あたしたちは職員室に着いた。
「失礼します・・・寺田先生」
「あら、木之本くん?すみれちゃんもいっしょなの?」
「プリント、持って来ました」
「ありがとう、そこに置いておいてね」
「はい」
龍平がプリントを机に置く。
「先生、それって・・・?」
あたしは先生が読んでいたものを指差した。そこには龍平の字が書いてあった。
「龍平くんの作文よ」
「ほぇ?」
「とてもよく書いてあるわ」
「龍平、何について書いたんですか」
「『うちのペット』って作文よ。木之本さんのおうちには、大阪弁をしゃべるロボットペットが
いるんだよね」

ほぇ〜っ!それって、ケロちゃんのことだよ!龍平ったら、何書いてんのよ!!

あたしがあわてていると、寺田先生はクスっと笑って
「親子ねぇ」
「ほぇ?なんのことですか?」
「ほんと、親子だと思ったの。龍平くんの作文ね、さくらちゃん・・・木之本さんのおかあさんが書いた
作文がとても似ていて・・・龍平くんの作文を読んでいて、思い出したの」
「そんなことがあったんですか?」
寺田先生は、小学生の時、ママと同じクラスだったんだ。
「そう。あのとき、碧先生・・・って、そのときの国語の先生なんだけど、宿題で『動物といっしょに
暮らすこと』っていうのがあってね、木之本さんのおかあさんは『しゃべれるオレンジ色のぬいぐるみ
さんと暮らしたい』っていう作文を書いていたの」
(ケロちゃんのことだ!)
「それが、ぬいぐるみが大阪弁でしゃべったらいいなという、とてもかわいいらしい作文だったんだ。
想像で書いているはずなのに、すごく細かいところまで描写してあって、まるでほんとうにぬいぐるみ
さんと暮らしているみたいだって、碧先生が、とってもほめていたし、先生もよく覚えているのよ」
(そりゃ、想像じゃなくて実際だったんだもん)
先生はもう一度龍平の作文を見ると
「龍平くんのは想像じゃなくて、実際のロボットペットのことだけど、本当によく似てる。
まるでさくらちゃんがむかしいっしょに暮らしたかったぬいぐるみさんが、ロボットペットになって
やってきたみたい」
(やってきたんじゃなくて、そのときのぬいぐるみさんが今もいるんだけど・・・)
けれども、あたしはそんなことは言えなくて、
「そ、そうなんですか。あは、あはははは・・・」
とごまかしていた。寺田先生は
「プリント持ってきてありがとう。ふたりとも戻っていいわよ。先生は、みんなの作文のコピーを
とらなくちゃいけないから」
「わかりました。じゃ、先生、さようなら」
「さようなら」
「!」
そのとき、あたしは気配を感じた。

「木之本さん!」
衛(ウェイ)くんの声だ。思わず、声の方を見ると

バスッ!

「おねえちゃん、だいじょうぶ!?」
「うん」
あたしは、サッカーボールを受け止めていた。窓から職員室に飛び込んで来たんだ。
「だいじょうぶ、木之本さん?」
窓からのぞきこむ、衛くんの顔は心配そうだ。あたしは、窓のところまで行って衛くんにボールを渡す。
「ありがとう。だいじょうぶだった?」
「だいじょうぶだよ。あまり強いボールじゃなかったから。でも、気をつけてよ」
「うん」

すみれからボールを受け取ったエドワードは、
(カードのこと、すみれさんたちにうまくごまかせたみたいだ)
とつぶやくと、走り出した。

そして、すみれたちが職員室を出た後、寺田はちょっとしたことに気がついた。
「あら?作文のコピーがとってあるわ。誰がコピーしてくれたのかしら?」


―下校途中、材料調達のためにすみれは買い物をする。

「はい、お嬢ちゃん、合い挽き肉だよ。おつかいかい?えらいねぇー」
「い、いえ、そんな、たいしたことないです」
あたしは、ちょっとはにかんでお肉を受け取る。
「サラダにするお野菜も買ったし、あとは・・・」
メモを見直していると、着メロが鳴った。おうちの電話番号だ。今日はママがいないから、これは
ケロちゃんからだ。
「もしもし、ケロちゃん?」
「すみれ、お買い物はどうや?」
「今、お肉を買ったところ」
「ということは、まだ友枝商店街におるんやな」
「うん、でもこれでお買い物は終わりだよ」
「せっかくなんやけど、まだ終わりやない。買うもんはまだあるでぇ」
「ほぇ?どういうこと」
「食後のデザートを買ってきてほしいんや」
「ほぇ?デザートって、冷蔵庫にこぐまやのプリンが」
あるよ、と言いかけて、あたしはあることに気がついた。ひょっとして・・・!
「ひょっとして、ケロちゃん、プリン、食べちゃったの?!」
「・・・」
しばしの沈黙。思わず、あたしはケータイを握りなおして
「ケロちゃん!」
「・・・まぁ、そのひょっとしてやな」
「じゃ、あたしや龍平の分まで食べちゃったの?!」
「いやぁ〜。食べ出したら、つい、止まらなくなってな」
「ひどい〜!」
こぐまやのプリンは、ケロちゃんもなんだけど、あたしも大好物なんだ。
「そ、そやから、こうして電話しとるやないか。晩ご飯食べ終わってから気づいても遅すぎるし、
今から買ってくればええと思うてな」
「そんな問題じゃない!!」
あたしの声は大きくなった。

「こぐまやさんって、友枝遊園地の近くなんだよ!これから行ったら暗くなるまでにおうちに帰れないよ」
「そやったら、ぴよのチーズケーキはどうや?」
ケーキ屋さんのぴよだったら、確かにここから近い。
「すみれは、ぴよのチーズケーキも好物なんやろ?」
それはそうだけど・・・
「わかった。ぴよに寄ってから帰るよ」
「ほんまか」
「デザートがないのは、やっぱりさみしいからね」
「わーい。じゃ、わいの分も忘れんといてや」
ぴよのチーズケーキを買ってくるとわかったとたん、ケロちゃんの声が明るくなった。
ほんとにもう、と思いながら、あたしは通話を切る。そして
「龍平、次はぴよに行くよ・・・って、龍平?」
あたしの後ろで待っているはずの龍平がいなかった。

「はい、毎度あり」
見ると、龍平もお肉屋さんから何かを買っている。
「龍平、何を買ったの?」
「ステーキ用のハムだよ」
「なんでそんなの買うの?今夜はハンバーグなのに?」
「パパの夜食用に買っておいてって、ママから電話があったんだ」
「いつそんな電話があったの?」
「たった今。おねえちゃんが通話中だったから、ぼくのケータイにかかってきた」
「そっか」


トン、トン、トン・・・

「あや。タマネギ、つながったままだよ。やり直さなくちゃ」
あたしは、キッチンで晩ご飯の準備を始めていた。
食材がそろったのを確認して、パン粉をミルクに浸して、タマネギをみじん切りにする。
今、てこずっているのは、そのみじん切りだ。
「やっぱり、ママみたいにきれいに切れないよぉ」
ママがハンバーグを作るのを何度かお手伝いしたことがあるけど、タマネギのみじん切りはまだ
やったことがなかったんだ。
うまく切れなくてつながったままのタマネギを、そろえて切りなおす。
いつかは、ママみたいにトントントン、って感じでみじん切りができるようになりたいな・・・
と思いながら、包丁を動かしていると

「お姉ちゃん、ケロちゃんなんだけど」
龍平だ。
「もう、いいかな?ケロちゃんも、もう反省したと思うんだけど」
「だめ。あたしがいいって言うまで、龍平はお風呂場に戻って、見張ってて!」
あたしがそう言うと
「・・・うん、わかったよ」
龍平は、お風呂場に戻っていった。


→すみれの回想モード

「ただいまぁ!」
「おかえり。思ったより早かったなぁ」
ケロちゃんが出迎える。
「ところで、ぴよに寄ってきてくれたんか?」
「うん。やっぱり、デザートがないのはいやだから、チーズケーキを買ってきたよ」
「わーい!チーズケーキやぁ!」
ケロちゃんの背景に花が咲き誇る。
「ほんまぁ、わいはしあわせやなぁ。きょうは、こぐまやのプリンも食べれて、ぴよのチーズケーキも
食べれるんやからぁ〜」
最高にしあわせ〜って、感じでケロちゃんが宙を舞う。
「・・・もう。あたしたちのプリンを食べちゃったくせに」
「すまん、すまん。あんまり、プリンがおいしかったせいで、つい、止まらなかったんや」
ケロちゃんが、テヘって感じで言う。あんまり、反省していないみたいだ。
「とにかく、晩ご飯の材料を冷蔵庫に入れておこう、龍平」
あたしは、龍平から晩ご飯の材料が入ったバッグを受け取ると、キッチンに向かった。

それから、しばらくして。
宿題をしていたあたしは、のどがかわいて、飲み物を取りにキッチンに降りた。
そこであたしが見たものは・・・

「あ〜っ!ケロちゃん!!!」
「す、すみれっ!」

あたしが見たのは、ぴよのケーキボックスをあけようとしているケロちゃんだった。
「ケロちゃん、なにしてるのよ!」
「いやぁ、チーズケーキがどのぐらいおいしそうか、見たい思うてな」
言いながら、ケロちゃんがあとずさりした。
「ほんと?」
「ほんまや、見たい思うただけや」
ケロちゃんは、さらにあとずさりした。あたしは、そんなケロちゃんをにらみつける。
「そんなこと言って、ほんとはもうがまんできなくなって、つまみ食いするところだったんでしょ?」
「まぁ・・・そんな気持ちも・・・ちぃ〜とはあったかなぁ」
ケロちゃんの顔がひきつってきた。
「ケロちゃんっ!」
あたしは、ケロちゃんのからだをつかむとお風呂場に向かった。
「なにをするつもりや?すみれ・・・いや、すみれさま」

お風呂場に入って、入り口を閉める。そして、あたしは呪文を唱えだした。

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、すみれが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」
あたしが封印の杖を手にすると、ケロちゃんはひきつった声で
「風呂場で杖を封印解除(レリーズ)するとは・・・ひょっとして・・・!」
「その、ひょっとしてだよ」
あたしは、カードさんを取り出した。

「バブル!」

←すみれの回想モード終わり


・・・トン、トン、トン!

「やったぁーっ!」
やっと、みじん切りが終わった。
「じゃ、次に行く前にケロちゃんを許してあげよう」
あたしは、手を洗うとお風呂場に向かった。

「あひゃひゃひゃ〜。こ、こそばゆい〜っ!」

ケロちゃんの声が聞こえてくる。ケロちゃんは、あたしのバブルさんとは相性が悪くて
あたしのバブルさんで洗うと、くすぐったくてたまらないんだ。
「どう?ケロちゃんのようすは?」
あたしは入り口で見張っていた龍平に聞いた。
「さっきからずぅーっとあの調子だよ。お姉ちゃん、そろそろ許してあげようよ」
「そうね、もう懲りただろうし」
あたしはお風呂場の中に入って、バブルのカードさんを戻した。

  M
_| ̄|○ ゼイゼイゼイ・・・

「・・・ほんま、きつかったわ・・・すみれを怒らしたら、クロウより怖いわ・・・」
「誰が怖いですって?」
「だ、誰でもありません!」
「ケロちゃん、もう2度とつまみ食いしないって、誓う?」
「誓います、誓います」
「ほんと?」
「ほんまや。もう、2度としません、すみれさま」
「じゃ、もうすぐ晩ご飯だから、それまでおとなしく待ってなさい」
「はい、すみれさま」


あたしはキッチンに戻った。
「ほぇ?タマネギが増えているよ?」
みじん切りになったタマネギが、2つの山になっていた。
「おかしいなぁ。1つにまとめておいたんだけど・・・誰かが分けたのかな?」
でも、そんなことをする人がいるわけがない。

「ま、いっか」

あたしはボールに合いびき肉を入れた。ママが教えてくれたとおりに、お肉屋さんに牛肉の赤身7、
豚肉の赤身2、豚の脂身1の割合にしてもらったものだ。お塩とナツメグを加えてこねる。

よーくこねる。100回こねる。

「そろそろかな」

次に卵、みじん切りにしたタマネギ、ミルクに浸しておいたパン粉を加えて混ぜる。

「じゃ、型を作ろう」

サラダオイルを手につけて、材料を3等分にする。そのうちの1つを手にして、両手で軽くたたいて
空気を抜く。真ん中にくぼみを作って、中まで火が通るようにする。ママが教えてくれたように。

「これでよし」

残りの2つも同じようにして、型を作る。

「龍平、そろそろサラダとスープを作って」
「うん」
サラダとスープは龍平の担当なんだ。スープはレトルトをあたためるだけだけど。

あたしは、フライパンをあたためてから、サラダオイルをひいた。よくなじんだところで、
ハンバーグを置く。最初は強火で両面に焼け目をつけて肉汁が出ないようにする。
それから弱火にして・・・

「肉汁が透明になった。これなら、焼き上がりだね」

くぼみを軽く押して、焼き上がりを確かめた。
「龍平、サラダは?」
「もう、できてるよ」
龍平がサラダを盛り付けたお皿に、ハンバーグも載せていく。
「お姉ちゃん、じょうずに焼けた?」
「もちろん!」
あたしは、フライパンに残った肉汁に赤ワインとケチャップ、ウスターソースを加えて軽くあたためる。
「ソースもできたよ」
フライパンから、お皿に載せたハンバーグにソースをかける。
「おっ!うまそーやなぁ」
テーブルの上から、ケロちゃんの声が聞こえた。
「もう少しだから、待ってね」
あたしと龍平はテーブルにハンバーグやサラダ、スープにパンを置いていく。
それを見ているケロちゃんは、しっぽを振って、とってもうれしそうだ。
あたしはエプロンをはずして、いすにすわった。龍平もだ。
「わ〜い、ハンバーグや!」
ケロちゃんがいきなり食べようとしたので、
「ケロちゃん、『いただきます』は?」
「そうや、そうや。いただきま〜す」
「いただきま〜す」

あたしたちは晩ご飯を食べ出した。そして、

「※#диЯ★!」
「※#диЯ★!」

あたしたちは、口に入れたハンバーグをお皿に戻した。
「お姉ちゃん、これ・・・」
「・・・」
あたしは、何も言えなかった。このハンバーグは・・・
「ハンバーグがしゃりしゃりしてるよ・・・」
「・・・うん、そうだね」
龍平の言うとおりだった。おいしくできたはずのハンバーグがしゃりしゃりしてる。
「すみれ・・・」
次にケロちゃんが口を開いた。
「・・・わいは思うんやが、ひょっとして、タマネギ、炒めなかったとちゃうんか?」
「あっ!」
そうだ。確かにタマネギのみじん切りを、炒めないでそのまま混ぜたんだ。
「タマネギを炒めるんは、甘みを出すというのもあるんやが、ひき肉と同じ時間で火を通すっちゅう
こともあるんや。肉にはちょうどよく火が通ってるけど、タマネギは半生や。それに、このタマネギ、
分量がミョーに多くないか?いつもの倍ぐらい入っとるし」
「そんなことないよ。タマネギを炒めなかったのは確かだけど、分量はちゃんと計ったよ」
「けどな・・・すみれがせっかく作ってくれたハンバーグやけど、これを食べるのはちょっとキツイでぇ」
「いま、焼き直すよ」
「あかん。そないことしても、タマネギに火が通るころには、肉がこげてしまうさかい」
「そっか。でも、どうしよう」

このままでは、晩ご飯にならない。そのとき、龍平がいすを立って、冷蔵庫のドアを開けた。
「龍平、何するの?」
見ると、龍平は、パパの夜食用のハムを冷蔵庫から取り出している。
「これを晩ご飯にするんだ」
「ダメだよ!それ、パパのお夜食なんだから!」
あたしは、あわてて龍平を止めた。

あたしは、龍平からハムステーキの包みを取り上げようとした。すると、龍平は
「お姉ちゃん、これ、実はパパの夜食じゃないんだよ」
「ほぇ?それって、どーゆーこと?」
「お肉屋さんの前で、お姉ちゃんがケロちゃんと電話してるときに、ママからケータイがかかってきて、
ハンバーグがうまくできなかった時用に、買っておいてって、言われたんだ」
「え?」
あたしが驚いていると、龍平はケータイを取り出して、音声メモを再生した。

『・・・すみれちゃん』
ママの声だ。
『すみれちゃんが、これを聞いているということは、ハンバーグ、うまくいかなかったのかな?
もしそうだとしたら、龍くんに買ってもらったハムステーキを、晩ご飯にしてね。
・・・がっかりしないで。元気を出して。すみれちゃんなら、次からはきっとじょうずにできるから。
そのときには、ママにも食べさせてね・・・』

「・・・ごめんなさい、ママ・・・」
ママの伝言を聞きながら、あたしは手で涙をぬぐっていた。
「すみれ、そないに落ち込まんでええ」
「ケロちゃん」
「誰でも最初からじょうずにできるわけやない。さくらかて、すみれぐらいのころには
さんざん料理に失敗して、わいにとんでもない食いもんを食べさせよったで」
「ほんとう?」
「ほんとうや!」
ケロちゃんが笑った。
「そやから、せっかく、さくらが気ぃきかせてくれたんや。スープがさめないうちに、ちゃっちゃと
ハムを焼いてしまおうやないか」
「うん!」

……

「ごちそうさまぁ」

「あ〜、食った。食った」
ケロちゃんは、大きくふくらんだお腹をぽんぽんとたたく。
「きょうのハムステーキは、とくにうまかったでぇ。隠し包丁を入れるなんて、すみれもなかなかやな」
「ありがとう。ママが教えてくれたんだ」
「ほんま、さくらといい、すみれといい、うまいもんを作ってくれて、わいはしあわせやなぁ。
ところですみれ」
「なに?ケロちゃん?」
「おいしい晩ご飯も食べたことやし、食後のデザートは?」
「ちょっと待って。おかたづけをしてからね」

あたしはキッチンにトレイを取りに行った。

「・・・これは?」

ほんの少しだけど、魔力の気配を感じる。

(気のせいかな?キッチンで魔力なんて・・・?)

あたしがとまどっていると、テーブルからお皿なんかをを持ってきた龍平が
「お姉ちゃん、魔力の気配がするみたいだけど・・・」
「龍平も感じる?」
あたしたちは、精神を集中した。
「ここだ!」
「うん!」

ケロちゃんも飛んできた。
「魔力の気配がするんやて?」
「うん、ここ。ディスポーザーの中から」
あたしと龍平は指を指した。
「ディスポーザーの中からやて?中になんかヘンなもんが入ってんのか?」
「見てみる」
あたしは、ディスポーザーのふたを開けた。
「変なものはないよ。さっき失敗したハンバーグぐらいかな・・・でも、このハンバーグ、
確かに魔力の気配がする!」
「なんやて!」

そのとき、

キャッキャッ・・・

窓の外から笑い声が聞こえた。
「なに?」
声の方を見ると、お庭にふたりの小人さんがいた。
「あれは?」
「あれは、ツインのカードやないか!」
「クロウ・カードなの?」
「ああ、なんでも2つにしてしまうカードや!」
「なんでも2つに・・・あっ!ひょっとして?!」
「どうしたんや、すみれ?」
「うん、ハンバーグを作っているときに・・・」

→すみれの回想モード

あたしはキッチンに戻った。
「ほぇ?タマネギが増えているよ?」
みじん切りになったタマネギが、2つの山になっていた。
「おかしいなぁ。1つにまとめておいたんだけど・・・誰かが分けたのかな?」
でも、そんなことをする人がいるわけがない。

「ま、いっか」

←すみれの回想モード終わり

「そうか!それで、すみれのハンバーグにタマネギがいつもの倍ぐらい入ってたんや!」
「それって、ツインのカードのせい?」
「きっとそうや。でなければ、いくらタマネギが半生やとしても、あんなにしゃりしゃりにならへん!」
「・・・でも、どうして、あのとき、魔力に気づかなかったんだろう・・・」
「それは、すみれがバブルのカードを使うんで、一生懸命だったからや」
「・・・そっか」

そのとき、ツインのふたりが、とつぜん光に包まれた。

「お姉ちゃんっ!」
「龍平!」

ガッシャーン!

お皿の音が、キッチンに鳴り響いた。
龍平が、半分落とすようにして、持っていたお皿をシンクに置いたんだ。

「だいじょうぶ、龍平?」
「うん。でも、驚いたよ。急にお皿が2倍になるもんだから、重くて、落とすところだった」
「・・・もう!」
あたしは、窓の外のツインをにらみつけて、叫んだ。

「どうしてくれるのよ!おかたづけが、2倍大変になっちゃったじゃない!」

ズザーッ(←龍平とケルベロスがコケる音)

「・・・お姉ちゃん・・・こんなときにボケなくても・・・」
「龍平の言うとおりや。ツインが騒ぎを起こしたら、そんなもんやないんやで」

そして、ケロちゃんもツインをにらみつけて、叫んだ。

「どないしてくれるんや!どーせなら、皿やなくて、今日のデザートを2倍にしてくれへんか〜!」

ズザーッ(←すみれと龍平とツインがコケる音)

「どうや?わいのボケの方が、強力やろ?」
「そんな問題じゃない!」
「そうか?」
「そんなこと言っているうちに、ツインのカードがどっかに飛んで行っちゃったんじゃないの!」
「あかん!すみれ、追いかけるんや!」
「龍平、おうちのことはお願い」

玄関に出たあたしは、呪文を唱えだした。

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、すみれが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」

封印の杖を手にすると、あたしはフライのカードさんを取り出した。

「クロウの創りしカードよ。我が鍵に力を貸せ。
カードに宿りし魔力を、この鍵に移し、我に力を!フライ!」

「行くよ、ケロちゃん」
「おう!」

あたしとケロちゃんは、友枝町の上空を飛んで行く。
「見て、ケロちゃん。あそこの郵便ポスト、2つになってるよ!」
「こりゃあ、はようツインを捕まえんと、おおごとになるでぇ」
「カードの気配を感じるよ。ペンギン公園のほう」
「ほんまや。すみれ、はよう行こう」
「うん!」


「いたっ!」

ツインのカードは、ペンギン大王のまわりをダンスするようにして回っていた。
ちょっと、楽しそうだけど
「あいつら、ペンギン大王を2つにしようとしとるで!」
「たいへん!すぐに止めなくちゃ!」
フライのカードさんで飛んでいると、ほかのカードが使えない。あたしは、ペンギン公園に急降下した。
大急ぎで、フライさんを解く。そして

「風よ、いましめの鎖となれ!ウィンディ!」

ウィンディさんが、ツインのひとりを捕まえた!

「汝のあるべき姿に戻れ、クロウ・カード!」

「あかん、すみれ!」
「えっ!?」

ずばばーん!

「きゃっ!」

ツインのひとりは、カードの形にならずに、あたしは封印の杖ごとはじかれた。

「どうして?」
「ツインは、かたっぽだけ捕まえてもあかんのや!」
「え〜っ!?」
「両方同時に動かれへんようにせなあかん!」
「同時にって!?」 

そのとき、ペンギン大王のてっぺんにいたツインが、あたしの方に飛んできた。
あたしが、2人にされちゃう!

「・・・あわわわ・・・ジャンプ!」

あたしは、ツインから逃げ回った。

「すみれ、知世のビデオ、見てなかったんか!?」

ツインの後ろから追いかけてくる、ケロちゃんの声を聞いて、あたしは思い出した。
ママのときは、パパと苺鈴おばさんが協力してツインの動きを止めたんだ。
けど、あたしは2人を同時に止められるカードなんて、持っていない。

「2人同時なんて、無理だよ〜っ!」

そのとき、ツインの気配がもうれつに強くなってきた。

「あかん、やられる!」

「ほぇ〜っ!!!」

「シールド!」

そのとき、あたしの目の前にシールドが現れて、ツインの魔力を防いでくれた。このシールドは

「ママっ!」
「だいじょうぶ、すみれちゃん?」
「うん。だいじょうぶだよ。ありがとう、ママ」
ママは、あたしたちのそばに降りてきた。
「さくら、来てくれたんか」
「カードの気配がしたから、フライのカードで飛んできたの。こんどは、ツインのカードみたいね」
「うん。でも、ひとりじゃうまく封印できなくて」
「じゃ、いっしょに封印しよう」
そうか、ママといっしょなら封印できるかもしれない。
「よっしゃ、わいがカードを追い込むさかい、さくらとすみれで封印や」
そう言うと、ケロちゃんのからだが羽につつまれ、まもなく、真の姿になったケロちゃんが現れた。
「よっしゃ、いくでぇ」
ケロちゃんは、羽をはばたかせると、ツインのカードに向かって行った。

「来るよ、すみれちゃん!」
「うん!」
まもなく、ケロちゃんに追い立てられたツインのカードが、こちらの方に飛んできた。
あたしとママはカードを取り出す。
あたしは、ママを見る。
そして、ママの目で合図。

「「サンダーッ!!」」

「・・・あっ」

タイミングがずれた。ほんの少し、サンダーさんがツインを捕まえた後、

ずばばーん!

ツインは、サンダーさんを解いてしまう。

「あかん。タイミングがずれよった」
あたしは、ママを見た。
「もう一度だよ、すみれちゃん!」
「うん、ケロちゃんもお願い!」
「よっしゃ!」

ケロちゃんが、もう一度、ツインをおいかける。

そして
「来るわ!」
「うん!」
あたしとママは、タイミングを合わせた。

「「サンダーッ!!」」

ずばばーん!

「あかん、今度もタイミングがずれよった!」

今度も、サンダーさんを解かれてしまった。

「・・・そんな、もう一度やろうよ!」
あたしは、ママを見た。
「・・・」
ママは、ペンギン大王の上に降り立った、ツインを見つめている。
「すみれ、このままやと、何度やっても封印できん」
「ほぇ?」
「ツインはわいの動きに慣れてきとる。もう一度やっても、すみれたちの前にうまく追い込めるか・・・」
「そんな・・・けど、ツインをそのままにしておけないよ。だから、もう一度やろうよ。
ね、ママも」
「わかったわ。あきらめずにもう一度やりましょう」
「そうやな。すみれの言うとおりや」

ケロちゃんはそう言うと、羽を広げて、再びツインに向かって飛び立った。

「・・・ケロちゃん、がんばって!」

けれども、ケロちゃんの言うとおりだった。ツインのカードは、もうケロちゃんの動きを読めるみたいだ。
さっきまでと違って、ケロちゃんがツインを追いかけているというよりも、ケロちゃんのほうが
逃げることが多くなっている。

「くそっ!」

ケロちゃんの声があたしにまで聞こえてくる。

「わいをなめるなよ!」

ケロちゃんが空中で急転回して、ツインに向けて火炎を吐いた。
ツインはぎりぎりのところでその炎をかわして、ケロちゃんの上をすりぬける。
そして、そのまままっすぐあたしのところに突っこんできた。
「すみれちゃん!」
「ジャ、ジャ・・・」
あたしは、ジャンプのカードさんを使って逃げようとしたけど、サンダーさんを持っていたので
すぐにカードさんを取り出せない。

「あぶない!」

「ほぇ〜っ!!!」

「風華招来!」

とつぜん、あたしのからだが、風に包まれた。

「これは・・・?」

そのまま、どこかに運ばれたかと思うと、まもなく、あたしのまわりの風が消えた。
そして、目の前に現れたのは、剣を構えた影・・・

「だいじょうぶか、すみれ?」
「パパ!」
あたしは、パパに抱きついた。
「ありがとう、パパ!もう少しで、ふたりにされちゃうとこだったよ!」
「ふたりに?じゃ、ツインのカードが現れたのか?」
「うん」
「さくらは?」

そのとき、
「小狼くーん!」
ママがあたしたちのところに飛んできた。
「さくら」
「よかったぁ。すみれちゃん、無事だったのね」
「うん。パパが助けてくれたんだ」
「ありがとう、小狼くん」
「すみれは、俺たちの子だ。助けて当然だ」

パパの顔が、ほんの少し赤くなった。

「すみれ、無事やったんか」

すぐにケロちゃんもやってきた。

「うん、パパが助けたくれたんだ」
「ほぉ、小僧もたまにはやるもんやな」
「誰が小僧だ?」
「小僧で十分や」

また、お約束の掛け合いが始まった。

「ふたりとも、やめて。今は、ツインの封印が先よ」
「ママの言うとおりだよ。早く封印しないと、ご町内が大変なことになっちゃう!」
「そうだな」

ママとあたしのことばに、ふたりは掛け合いをやめた。

「・・・それで、封印はうまくいかなかったのか?」
「わいの動きも読まれとるし」
「すみれちゃんとでは、どうしてもタイミングがずれてしまうの」
「だから、あたしとママよりも息がぴったり合わないと・・・そうだ!」

「ええか、すみれ。落ちんように気ぃつけや」
「うん」
ケロちゃんの背中に乗って、あたしは答えた。
「行くでぇ!」

ケロちゃんの羽がぶぁっと開いて、あたしたちは飛び立った。
地上のママとパパの姿が小さくなる。そして、目指すのは、ツインのふたり。

「いたっ!」

ツインのカードは、相変わらずペンギン大王の近くにいた。
「なんや、のんびりしとるなぁ」
「きっと、あたしたちでは封印できないと思って油断してるんだよ」
「ようし、今度こそ封印や、すみれ!」
「うん!」
あたしは、カードさんを取り出した。

「今度こそ容赦せぇへんでぇ!」
ケロちゃんは、息をためると火炎を吐き出した。
それと同時にあたしは、
「ファイアリー!」
ケロちゃんの口と、ファイアリーからの2連の火炎が、ツインのカードを追いかけた。
さっきまでと違って、大あわてだ。

「うまいよ、ケロちゃん!」

ケロちゃんがちょっとうなずくと、口からの火炎がさらに強くなった。

「ケロちゃん、右の方に!」
あたしは杖をふって、ファイアリーを誘導する。

焼けそうになったツインのふたりは、夢中で逃げ出していく。そして、その先にはママとパパがいた。

「来るよ、小狼くん!」
カードを取り出したさくらを見て、小狼も護符を取り出した。

「サンダー!」
「雷帝招来!」

ふたりから伸びた雷撃が、ツインを襲う。

「やったか?」

「うん、やったよ、ケロちゃん!」

雷撃に捕まったツインのふたりが、空中でじたばたする。

「今や!」
「汝のあるべき姿に戻れ、クロウ・カード!」

ピンっ!

封印の杖を振り下ろすと、金属のような音がして、ツインのカードが封印の杖から伸びた光に包まれた。

まもなく、ふたつの光がひとつになると、あたしの手にすべりこんで来た。
そして、光が消えていくと、あたしの手にツインのカードがあった。

「やったぁっ!」
「やったな、すみれ!」
「うん。やっぱり、ママとパパなら息がぴったりなんだ!」


→小狼がすみれを助けたときの回想シーン
「・・・それで、封印はうまくいかなかったのか?」
「わいの動きも読まれとるし」
「すみれちゃんとでは、どうしてもタイミングがずれてしまうの」
「だから、あたしとママよりも息がぴったり合わないと・・・そうだ!」
「何か、思いついたんか、すみれ?」
「うん。ママとパパにツインを捕まえてもらうの」
「ほぇ?」
「ママとパパなら、きっとぴったりのタイミングでツインを捕まえられるよ」
「だが、俺の護符はクロウ・カードじゃない。魔力の種類が違うから、同じタイミングで使うのは無理だ」
「けどけど、ママとパパは、あたしが生まれる前からずーっといっしょだったんでしょ。
だから、きっとあたしとママよりもタイミングが合うと思うんだ」
「・・・」
ママとパパは、お互いの顔を見た。
「・・・小狼くん」
パパは、ママの顔をしばらく見つめていた。そして、
「・・・ああ」
ほんの少し微笑むと、うなずいた。
←回想シーン終わり


ケロちゃんの背中から降りたあたしは、ママたちの方に向かって走り出した。
「ママ!パパ!やったよ!」

ふっ。

「ほぇ?」
あたしの目の前から、ママが消えた。

「やったよ!小狼くぅーん!」

そのとき、ママはパパの胸に飛び込んでいた。

「おい、よせっ、さくら」
パパの顔は真っ赤だ。
「よせ、すみれが見てるじゃないか」
「やだぁ」

パパはあたしの方を気にしながら、じたばたしている。
「・・・ケロちゃん」
あたしは、カードを手に立ちつくしていた。そんなあたしに、
「まぁ、ええんやないか?
さくらも久しぶりに小僧に会えたんやし、すみれもツインを封印できたことやし」
「そ、それもそうだね」
あたしの頭におっきな汗が浮いた。

<すみれのしゃりしゃりハンバーグ:終劇>

次回予告
ほぇ〜っ!
あたしと衛くんが、イベントで中国拳法の表演をすることに
なったんだ。それも、パパのお仕事の関係で・・・
それから、あたしは衛くんは、パパに教えてもらって猛特訓!
表演は無事にできたんだけど・・・

その帰りの公園で、衛くんに戦いを挑んできた人がいるの。

衛くん、負けないで!

でもでも、この相手は・・・クロウ・カード!!
どうしよう。衛くんがいるから封印できないよ!

カードキャプターすみれ さくらと小狼のこどもたち
すみれと封印できないカード

次回もすみれと一緒に
さくらと一緒に
封印解除(レリーズ)! <<NEXT

BUCK

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