第2話 無題(すみれとおじさんの研究室)


「いってきまぁ〜す!」
あたしたちは玄関を出た。龍平はまだちょっと眠そうだ。
「龍平、あんた、おそよー君だけじゃなくて、よく食べるようになったわね」
「う〜ん?」
これで太りでもしたら、女の子に嫌われちゃうよ・・・
龍平の変わりように、ママは特に気にしていないみたい。
一度、食事の時に
「ママ、あたし、デブの弟なんかいらないからね」
って言ったら、
「でも、たくさん食べるのは健康な証拠だよ」
って、どこかで聞いたようなことを言っていた。

「もう来てるかな?」
そろそろ、例の交差点に近づいてきた。

学校の近くの交差点に2台のセグウェイが止まっていた。
「おはようございます。桃矢おじさん、雪兎おじさん」
「おはよう」
桃矢おじさんは、ちょっとつっけんどんなあいさつ。
「おはよう。すみれちゃん、龍平君」
雪兎おじさんは、いつもやさしいあいさつを返してくれる。
「じゃ、行こうか」
おじさんたちはセグウェイを降り
あたしたち4人は学校に向かう。
桃矢おじさんと雪兎おじさんは塔和大学の先生なんだけど
週に1回、友枝小学校の隣にある星條カレッジで教えている。

「あの、おじさん?」
あたしは桃矢おじさんに、思い切って言う。
「今日の放課後、おじさんの研究室に行っていいんですか?」

あたしは、顔が熱くなるのがわかる。
「あの、今日の家庭科でケーキ作るんです。
それで、食べてもらいたいなぁって・・・」
「ふーん」
桃矢おじさんは、少し空を見ていた。
「いいよ。ただし、2つ条件がある」
「な、なんですか?」
「1つは、さくらより、おいしいケーキを作ること」
「え〜!」
「桃矢、いじめちゃだめだよ」
雪兎おじさんが助けてくれた。
「さくらちゃんのケーキは、とってもおいしいんだから。
あ、でも、すみれちゃんのケーキもおいしいんだよね」
「あ、あたし、がんばります」
「ま、さくらと同じぐらいのケーキを作れるように
早くなってほしいってことだ」
「それで、もう1つの条件って、なんですか」
あたしは、どきどきしながら聞いた。

「龍平もいっしょに来てくれないかな」
「え?」
あたしと龍平は、意外な条件に驚いた。
「今日のゼミ用に、ファイストスの円盤が届いたんだ。
もちろん、レプリカだけどな。龍平、こーゆーの、好きだろ?」
「はい、行きます!」
よくわからないけど、その、なんとかの円盤っていうのは
龍平のような歴史おたくにはたまらないものらしい。
さっきまで眠そうだった龍平の目が輝いている。

「そーはいくかぁ〜」
あたしのカバンの中から、聞き覚えのある声がした。
「ケロちゃん!」
「せっかく、すみれの作るケーキ食べよう思って
カバンに隠れてたら、この有り様や!
むざむざそいつらに食べさせるやなんて、
そんなこと、わいがさせへんでぇ〜!」

「ケロちゃん!あれほど学校に来ちゃだめって言ってるでしょう!
誰かに見られたら、どうするの?」
「そやかて、わいのケーキ・・・」
「ちゃんと、ケロちゃんの分も作ってあげるから!」
「おい、すみれ」
桃矢おじさんが、声をかけた。
「よかったら、そのぬいぐるみ、放課後まで預かろうか?」
「いいんですか?」
「また、何か騒ぎをおこすかもしれないだろ?
研究室なら、今日一日、俺と雪兎から使わないから大丈夫だろう。
な、雪?」
雪兎おじさんは、微笑みながらうなづいた。
「あ、ありがとうございます」

「わぁった。これもすみれとケーキのためや。にいちゃん、世話になるで」
ケロちゃんは、桃矢おじさんのカバンに飛び移った。
「ほえ?」
あたしは、ちょっと変なことに気がついた。
「ぬいぐるみ」と言われたのに、ケロちゃんがつっこんでこない。
「ほんじゃ、すみれ。放課後のケーキ待ってるでぇ〜」
「うん。それじゃ、放課後におじゃまします」
あたしたちは校門の前で別れた。

3人(?)は研究室に入った。
研究室といっても、外部講師用の共同の部屋だったが。
「ほう。ここがにいちゃんたちの職場か」
ケルベロスがカバンから出てきた。
「で、ケーキは、俺達に会うための口実なんだろ」
「わかっていたんか。それなら話は早いな」
「龍平とカードの件は、さくらから聞いた。
雪、悪いが、もうひとりのお前と話がしたいんだ」
雪兎の身体が、光に、そして羽に包まれた。
まもなく羽が解かれると、そこには雪兎の真の姿があった。
「ひさしぶりだな。ユエ」
「ああ」

「・・・そうか。ユエも、そのカードの事は知らんかったか」
「最近、クロウ・カードの気配がすることには、私も気がついていた。
だが、ケルベロスがフロートのカードから聞いた事が本当だとすれば」
桃矢が口をはさむ。
「魔力がない俺には、あの子たちが危ないめにあってもわからない。
頼む。あの子たちを守ってくれないか」
「私たちの主(あるじ)は、さくらだ。あの子たちじゃない」
「ユエ、そないな言い方せんでも」
ユエは2人から目線をそらす。
「だが、あの子たちになにかあったら、主も困る。
主を困らせないというのは、魔力を渡すための条件だったな」
ユエは改めて桃矢を見た。
「努力する」

「月城せんせー」
廊下から声がした。
「仮の姿に戻る」
ユエは、再び羽に包まれた。

その日の休み時間のこと。
「ぜひ、ご一緒させてくださいな」
「ほえ?知美ちゃん。クロウ・カードが出たんじゃないんだよ」
「でも、今日の放課後は『すみれちゃん憧れの人に手作りケーキを渡すの巻』!
これはぜひぜひ撮らせてくださいな」
知美ちゃんの目がきらきらと輝く。
「ほぇ〜。でもでも、ケーキを渡すところをビデオカメラで撮るわけ?
そんなの変だよ」
「大丈夫ですわ」
知美ちゃんは、なにやら小さなピンみたいなものを取り出した。
「この最新型カメラを、制服にとめて撮影すれば
おじさまに気づかれませんわ〜」
「知美ちゃん・・・」
あたしの頭の後ろに、おっきな汗が浮いた。

「安心してください。カメラだけではありませんわ」
知美ちゃんは、さらに加速した。ケータイを取り出すと自宅に指令する。
「今日の4時、バトルコスチュームのΣ4を
友枝小まで届けてくださいませんこと?」
「知美ちゃん、バトルコスチュームって、
クロウ・カードが出たわけじゃないんだってば」
「心配なさらないでください。Σ4は、手作りケーキを渡すという
特別な日にふさわしい、すみれちゃんが超絶かわゆく見えるデザインですもの」
「はぅ〜」
あたしは固まった。

そして、いよいよ放課後になった。
「おじゃまします。桃矢おじさん」
「おう、来たか。おや?すみれ。なんで制服じゃないいんだ?」
あわてるあたし。
「あわわΦΩ¶Ψ※☆!、これは知美ちゃんが、今日は特別な日だからって」
「特別な日?」
首をかしげる桃矢おじさんが、あたしの後ろにいた知美ちゃんに気づく。
「あれ、おまえは大道寺さんとこの・・・」
「こんにちは。私もすみれちゃんとは家庭科で同じ班ですの。
ご一緒させていただいて、かまいません?」
「ああ。かまわないけど」
桃矢おじさんは、きょとんとしている。
その陰から、
「おー、来たんか。待ってたでぇ」
「ケロちゃん、いい子にしていた?」
「あー、出来の悪いロボペ(ロボットペット)の振りしてくれたよ。
今時、ネットにつながらないんですかって、教え子たちに言われてた」
「ほっといてんか。わいはロボペやない。封印の獣、ケルベロスや!」

「あれ?雪兎おじさんは?」
「帰った。雪の担当は1コマだけだから。論文もあるしな」
「おじさんとの共同論文のことですね?」
龍平が聞く。
「ちょっとはな。さて、コーヒーでも用意しようか」
「わーい、ケーキや!」

あたしはケーキの入っているボックスを開いた。
「えっと、ママとパパの分もいれて7等分か、切るの難しいよぉ」
「すみれ。雪の分、忘れてないか?」
「あ、そうか。8等分なら簡単だね」
あたしはケーキにナイフを入れる。
知美ちゃんがあたしをじっと見ている。
実は撮影されているのかと思うと、動きがガチガチになる。
「どないした?すみれ」
「うん、なんでもないよ」
その時だ。
「これは、クロウ・カードの気配!」
桃矢おじさんと知美ちゃんが倒れこんだ。違う、いきなり眠り込んだ。
「すみれ、これはスリープのカードや!」

「龍平、桃矢おじさんと知美ちゃんをお願い!」
「うん、でも、2人どうなったの?」
「スリープのカードや。魔力のないもんは眠うてしまう。
龍平にも魔力はあるんや。2人をしっかり見ててぇな」
あたしとケロちゃんは、廊下に飛び出した。
「やっぱりや!」
廊下は、眠り込んでいる人がいっぱいいた。
「すみれ」
「うん!」
「封印解除(レリーズ)!」
あたしは、封印の杖を手にした。
「すみれ、こっちや!」
あたしはケロちゃんを追って走り出した。
(変や。スリープの気配が弱すぎる)
「ケロちゃん、ひょっとして、カードは1枚だけじゃないかも・・・
ここ!」
「ここか!」
あたしたちは、空調室の前に来た。

バン!
突然、ドアが開いて突風が吹いた。
「キャー!」
「すみれ!」
真の姿になったケロちゃんが、羽で私をかばってくれた。
「ありがとう、ケロちゃん」
「これはウィンディや。スリープの粉を、ウィンディの風が
空調を通して大学中に撒き散らしていたんや」
「どうすれば、封印できるの?」
「わからん。ウィンディは、本来やさしいカードや。さくらもウィンディの
カードは最初から持っとった」
「やさしいカードって・・・」
目の前にいるウィンディは、とても攻撃的に見えた。
「どこか狭い所に閉じ込められれば、封印できるかもしれんが・・・」
風がさらに強くなる。
「だって、ケロちゃん、あたしの持っているカードは、
ジャンプさんにフライさん、それと・・・そうだ!」
あたしは、ループのカードを取り出した。

「空間をつなげ、彼の者を閉じ込めよ!ループ!」
「すみれ、ループではウィンディは封印できん!・・・?!」
すみれは、杖を持ったまま精神を集中し続けていた。
ループによって閉じられた空間が、少しずつ縮んていく。
「そうか、この手があったか。
こんな使い方は、クロウでもせんかった・・・」
すみれの表情が険しくなっていく。
ウィンディは、狭くなっていく空間の中で、激しくもがく。
「だが、この使い方は魔力をごっつぅ消耗する・・・」
ケルベロスは口には出さなかった。
(・・・龍平が持つか・・・)
やがて、ウィンディの抵抗が弱まった。
「いまや。封印するんや!」
「うん!」
あたしはウィンディに駆け寄った。
「汝のあるべき姿に戻れ!クロウ・カード!」

「ようやったな、すみれ。今回はさくらも小僧もおらへんのに封印できたな」
「待って、ケロちゃん。まだ、気配がするよ」
あたしたちは空調室に入った。
「これは・・・」
「スリープのカードや」
「だって、これ・・・」
ぐったりとした、スリープの姿は半透明だ。
「魔力が足りなくて、消えかけていたんや。すみれ、封印や。
封印すれば、また元気になる」
「うん。汝のあるべき姿に戻れ。クロウ・カード」
あたしは、スリープのカードも封印した。
「本来やさしいウィンディが、あれだけ攻撃的だったのは
スリープのカードを守ろうとしてたんやな」
「そうなんだ。もう大丈夫だからね」
あたしは、カードさんを抱きしめて言った。

あたしたちは桃矢おじさんの研究室に戻った。
「知美ちゃん、なにしてるの?」
ドアを開けると、眠り込んだ龍平を撮影している知美ちゃんがいた。
「だって、龍君の寝顔、超絶かわゆいですもの〜。
さくらさんにそっくり、いえ、さくらさん以上のかわゆさですわ〜」
「龍平、眠っちまったんだ」
「おじさん、大丈夫ですか」
「ああ。龍平は、俺が家まで運ぶよ。ちょっとやそっとでは
目、覚まさないみたいだし。それにしても・・・」
知美ちゃんをちらりと見てから、桃矢おじさんは言った。
「さくらといい、すみれといい、おまえらの友達、ちょっと変」
「あぅ〜」
言葉を返せない、あたしとケロちゃんだった。

<126的小話:終劇>

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