第16話 すみれの怪盗初挑戦!?

 

「じゃあ今日のホームルームはこれで終わり。みんな、またあしたね」
神宮司先生のことばで1日の授業は終わった。今日はクラブもないし・・・と思っていると
あたしは声をかけられた。
「木之本さん」
「なに?衛(ウェイ)くん?」
「今度の日曜日、空いてる?」
いきなりそんなことを聞かれてあたしはちょっとあわててしまう。
ひょっとしたら顔が赤くなっているのかも・・・
「え? と、特に決まっていないけど・・・」
「これ、おばあちゃんからもらったんだけど」
差し出されたのは、1枚のチケット。
「・・・『友枝フィギュア・コンテスト』?衛くん、フィギュアって、そんなに詳しくないって
言ってたよね?どうして、こんなチケット持ってるの?」
「うん、ぼくはね。実はおばあちゃんがそのコンテストの審査員をしてるんだ」
「そ、そうなんだ」
あたしもフィギュアには詳しくないので、どう答えたらいいのかわからないくて困っていると
「それは、奇遇ですわ!」
知美ちゃんが目をキラキラさせて、話に入ってきた。
「わたくしも、すみれちゃんをお誘いしようと思っておりましたの」
見ると、知美ちゃんの手にも同じチケットがあった。
「知美ちゃん、どうしてそんなチケットを?」
「フィギュアを出品いたしましたの。出品者は2枚チケットをいただけますのよ!」
「出品って、まさか・・・あたしのフィギュアを出品したなんて・・」
「そのとおりですわ!」 

あたしと衛くんの頭におっきな汗が浮いた・・・
「大道寺さん、木之本さんのフィギュアを出品したの?」
「はい。すみれちゃんと龍くんのフィギュアを出品いたしました」
「???」
あたしと衛くんの目が点になる。
「ど、どうしてあたしだけじゃなく、龍平のフィギュアも?」
「この前、さくらさんといっしょに龍くんのデータもお取りしましたから」
「ママといっしょに?」
そう言えば、この前、龍平がコピーのカードさんをあたしに渡してくれたときに、
そんなことを言っていた。
衛くんが不思議そうに言う。
「でも、このコンテストって友枝美術館の主催だから、フィギュアの題材を美術品から
とらないとダメなんだよね。
木之本さんのフィギュアを出品するのって、無理があるんじゃないかな?」
「ええ、そのためか、参加賞しかいただけませんでしたわ〜」
「「そ、そうなんだ・・・」」
意味のない知美ちゃんのテンションに、あたしと衛くんの頭におっきな汗がまた浮いた。
そして、あたしはあることに気がついた。
「でも、題材が美術品っていうと、あまり参加者がいないんじゃない?
フィギュアって、だいたいアニメやゲームのキャラを使うんだし・・・」
「そうなんだよ。それでチケットが余っていて、おばあちゃんが木之本さんにも、って
チケットをくれたんだ。来てくれたら、お礼にうちでアフタヌーンティーをしたいって
おばあちゃんが言っていたよ」
「そうなんだ」

張(チャン)教授の入れてくれるお茶はとってもおいしいんだ。
お茶につられたってわけでもないけど、あたしは、衛くんのチケットをもらうことにした。
「では、このチケットは龍くんに渡してくださいな」
「え?龍平も?」
「ええ、わたくしはこれからクラブがありますから、すみれちゃんにお願いします」

その時、校庭から衛くんを呼ぶ、クラスの男の子たちの声がした。
「衛くん、そろそろサッカー始めるよ!」
「ああ、今行くよ!じゃ、木之本さん、チケットもらってくれてありがとう。
それにしても、おばあちゃんがフィギュアの審査をするなんて、思ってもみなかったよ」

そして教室を出て行く衛は、小さな声でつぶやいた。
(それに、あんなことも考えているなんて・・・ね)

「ただいまーっ」
「おかえりなさい、すみれちゃん」
「お腹すいたーっ。おやつ、おやつ」
あたしは冷蔵庫に直行する・・・と、
「ほぇ?」
ダイニングのテーブルに、見覚えのあるものを見つけた。
「ママ、これって?」
「『友枝フィギュア・コンテスト』のチケットよ」
「それはわかるけど・・・どうして?ママはフィギュアって興味ないでしょ?」
「おにいちゃんがくれたの」
「桃矢おじさんが?桃矢おじさんが来てたの?」
「うん。おばあちゃんのホログラムを直しに来てたの」

そして、ママはその時のことを話し出した。

「よし・・・と。これでビデオドライバの更新が済んだぞ」
「ありがとう、おにいちゃん。わたし、こーゆーのは全然にがてだから」
まもなく、ふたりの目の前に母親の姿が浮かび上がった。
「こんにちは、おかあさん。わたしたちは、きょうも元気です」
さくらが、再び現れた母親のホログラムに語りかける。
2、3日前から、その機械の調子が悪くなった。原因は、父親の家にあるサーバーが
バージョンアップして、うまく同期が取れなくなったためだった。
ドライバの更新ボタンをクリックすればいいのだが、さくらはそういうのは
すべて桃矢にまかせていたのだ。
「うまくいったようだな」
「うん。ありがとう。今、お茶を出すから飲んでいかない?」
「ああ。たまには、怪獣の出すお茶でも飲んでみるか」
「えへ」
桃矢は不思議に思った。
「どーした?いつものリアクション(『さくら、怪獣じゃないもん!』のこと)がないじゃないか」
「今日はね、ちょっと違うの。張(チャン)教授に教わった方法で、お茶を入れたんだ。
飲んでみて。おいしいんだから」
「そっか。張教授か」
桃矢は近くにあったいすに腰をかける。
「張教授と言えば・・・さくら、今度の日曜日、空いているか?」
「特にないけど・・・なんで?」
お茶を用意しながら、さくらが答える。
「実は、頼み事があるんだ」
桃矢は胸ポケットから何かを出すと、テーブルに置いた。

「『友枝フィギュア・コンテスト』のチケット?おにいちゃん、なんでこんなものを持ってるの?」
「いろいろあってな、審査員をやってるんだ」
「おにいちゃん、あんまりヲタクっぽいことしない人だと思っていたけど」
「このコンテストは、友枝美術館が主催なんだ。うちの大学から、俺と張教授が審査員という
かたちで参加してるんだ」
「審査員って、おにいちゃん、フィギュアわかるの?」
「あんまし。ただ、フィギュアのテーマがアニメやゲームじゃなくて、美術品なんだ。
俺たちの審査は、フィギュアの衣装やジオラマの時代考証がメインになる」
「ふーん」
アニメなどのヲタク産業が、マスコミの経済面で取り上げられたり、政府が補助金を出すように
なってからずいぶんになる。今度のコンテストもそういったものなんだろうな、とさくらは思った。
「それで頼み事って?」
「張教授が、俺にコンテストにはかすみといっしょに来てくれと言うんだ。教授も、あの
エドワードって子を連れてくるそうだし、終わったらいっしょにアフタヌーンティーをしたいんだと」
「それなら、行ってもいいわね」
「かもな」
桃矢が飲みかけのティーカップをテーブルに置きながら言った。

「・・・と、いうわけなの」
「そうなんだ。あたしもチケットをもらっているんだ」
あたしは、衛くんと知美ちゃんからもらったチケットをママに見せた。
「じゃあ、みんなでいっしょに行きましょう。おいしいお茶もいただけるし」
「うわーい!楽しみ!」


そして、コンテストの日。
あたしたちは、友枝美術館にあるコンテスト会場に向かっていた。
会場になっているホールに行くには、いろいろな絵が展示されている廊下を通っていく。
「ママ・・・じゃなかった、かすみちゃん、こっちだよ」
龍平が、かすみちゃんになっているママに声をかけたとき、
「あや?」
ママが足を止めた。
「どうしたの?」
「この絵・・・」
ママが、1枚の絵を見つめている。窓の外から女の子が部屋の中を見て笑っている絵だ。
絵の説明には『微笑み 橘 天海 作』と書いてある。
「ママ、この絵、ほんの少しだけどカードの気配みたいなの感じるよ」
「よく気付いたわね。この絵には、サイレントのカードが付いていたのよ」
「そうなんだ」
ママは、ここでもカードさんを封印していたんだ。
あたしは、知美ちゃんのおうちで見たビデオを思い出した。
確か、シャドーのカードさんを使って封印したんだよね。

『微笑み』の絵を過ぎて、会場に向かっていくと
「おねえちゃん、あれ、大道寺さんじゃない?」
「本当だ。知美ちゃん・・・」
あいさつをしようとすると、知美ちゃんはおとなの男の人と熱心に話をしている。
「・・・よく知っているね。そんなことを」
「では、もうひとつお聞きしたいのですが、御社では格闘技も楽しめるタイプのフィギュアを
開発中だとか・・・」
「ど、どうして、そんなことを!?」
男の人はちょっとパニックになっている。
「お〜い、おがたぁ〜」
突然、声がすると、その男の人はあわてだした。
「チ、チーフが呼んでる!ごめん、また、今度ね!」
男の人は会場に向かってダッシュしていった。
「おはよう、知美ちゃん」
「おはようございます、みなさん」
「知美ちゃん、今の人は?」
「コンテストを後援しているピフル社の方ですわ。フィギュアのことなどをお尋ねしてましたの」
「新製品とか、聞いていたの?」
「それもございますが・・・今、母とピフル社の買収を検討しておりますの」
「「「ほぇ?」」」
よくわからないけど、あたしたちの頭におっきな汗が浮いた。この親子って・・・

「よっ!」
その時、あたしたちは声をかけられた。桃矢おじさんだ。
すぐそばには、張教授と衛くんもいる。
ママが、
「おはよう。久しぶりだよね、衛くん」
とあいさつすると、衛くんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「お、おはよう」
「ほぇ?」
ママは、そんな衛くんを見て、不思議そうだ。
(ほんとう、たいへんですわね)
知美ちゃんが、そっとあたしにささやいた。
(さくらさんは、ふんわりですから)
(知美ちゃん?)
(母が申しておりました。さくらさんは、とってもふんわりなので小狼さんもたいへんでしたって)
(ママがふんわりって?)
あたしがそう聞くと、
(ほほほほほ・・・)
知美ちゃんは、楽しそうに笑っていた。

「それでは、みなさん、そろそろ時間なので会場に入りましょう。わたくしと木之本助教授は
審査員なので、あちらの方に参ります。みなさんは、そちらの受付からどうぞお入りください」
張教授がそう言うと、あたしたちは会場に入っていった。

「チケットをお見せください。座席をご案内します」
あたしたちは、受付で案内された。

(ラッキーかも・・・)

あたしの席は、衛(ウェイ)くんのとなりだった。
たぶん、衛くんからもらったチケットだから、続き番号だったんだろう。
そして、知美ちゃんと龍平が隣どうし、ママは入り口のそばの席になった。
「かすみさんの席とは離れちゃったね」
ママのほうを見ながら衛くんが言う。あたしはちょっとおもしろくなかったけど、
「仕方ないよ。チケットで席が決まっているみたいだし」
「そうか。それじゃ仕方ないね」

(それにあの席のほうが都合がいいし)

そのときのエドワードのつぶやきは、すみれには聞こえなかった。

コンテストが始まった。
けれども・・・その、やっぱり、あたしにはつまらなかった。
興味のないおはなしをずーっと聞かされるのは、つらい。
桃矢おじさんや張教授も、つまらなそうだった。
ただ、審査員のひとりが、「にょろ〜」としているのはおもしろかった。
あとで知美ちゃんから聞いたんだけど、にょろ〜としていたおじさんは、
ピフル社で新製品の開発をしている、とてもすごい人だそうなんだ。

「では、最優秀賞の発表を行いたいと思います。発表は、友枝美術館長でもあり、本コンテストの
審査委員長でもある橘優希さんにお願いします」

やっと、コンテストも終わりだよ〜、これでアフタヌーンティーが楽しめるよ〜、と思ったその時、

(これは・・・クロウ・カードの気配だ!)

(ママ!)

あたしはママの方を見た。ママはあたしの方を見てうなずくと、席を立って会場を出ていった。
ママもカードの気配がわかったんだ。あたしも席を立とうとしたけど
「どうしたの、木之本さん?もうすぐ、発表だよ」
衛くんが、あたしの顔をのぞきこんだ。
「う、うん」
(どうしよう・・・クロウ・カードが現れるかもしれないのに・・・)
あたしは、席にすわり直すしかなかった。

「・・・誰も見ていないわね」
さくらは、まわりに誰もいないのを確かめた。そして、星のペンダントを取り出すと
「星の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、さくらが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」
そして、カードを取り出した。
「我の姿を映し、もうひとりの我となれ、ミラー!」
現れたミラーに、さくらは言った。
「クロー・カードの気配がするの。わたしは外で見張るから、ミラーさんは会場に戻って。
すみれちゃんやおにいちゃんがいるから、何かあったら助けてあげて」
「はい」
ミラーが会場に戻るのを見届けると、さくらはもう1枚のカードを取り出した。
「フライ!」

「気配がだんだん強くなっている・・・」
友枝美術館の上空にさくらはいた。
「さくら〜っ!」
「ケロちゃん!来てくれたのね!」
「なんや、このごっつい気配は・・・」
「わかんない。さっきからだんだん強くなってきているの」
「すみれは?」
「コンテストの会場よ。席が奥だから出てこられないのよ」
「こないな時に・・・」

(あれは、ミラーさんだ)
会場に戻ってきたのは、ママではなくてミラーさんだった。
(ということは、ママは外にいるんだ)

その時、クロウ・カードの気配が一段と強くなった。

(来る!)

あたしが、そう思ったとき、館内に警報が鳴り響いた。
「なんなんだ!」
「なにが起こったんだ!」
会場がざわついた。
「落ち着いてください!みなさん、落ち着いて、席でお待ちください!」
司会者の人が一生懸命に会場のみんなを落ち着かせていた。

そのころ、友枝美術館の警備センターはパニックになっていた。
「何が起きたんだ?!」
「わかりません!美術品の防犯センサーが反応しています!誰かが美術品を展示場所から動かそうと
しています!」
「ほとんどすべてのセンサーが反応しています!」
「すべての作品に?!」
「防犯カメラには異常ありません!何も映っていません!」
「どういうことなんだ?!」
とにかく、異常事態だった。 

「さくら、これは?」
「スルーのカードだわ。友枝美術館にある、美術品をどこかに持ち去ろうとしているのよ!」
「そやけど、なんでや?」
「わからない。けど、なんとかしなくちゃ」
さくらは、カードを取り出した。
「シールド!」
友枝美術館全体が、シールドに包まれた。

(ママ、カードを使ったんだ)
あたしは、会場でいらいらしていた。クロウ・カードがなにかを起こそうとしているのは
わかるんだけど、隣には衛くんがいるし、入り口までの席にはいろいろな人がすわっているから、
出ていけない。龍平も、心配そうにあたしのほうを見つめている。
(何が起ころうとしているんだろう?)
あたしは、クロウ・カードの気配とママの魔力の気配が強くなっているのを感じながら、
ただすわっているしかなかった。

「さくら、だいじょうぶか?!」
「だ、だいじょうぶ!」
友枝美術館の上空で、さくらたちは叫んでいた。
「主のいないスルーは、何かをスルーさせようとする。そのときの力は、ごっつう強いんやで!」
「わかってるよ!」
さくらは杖を握りなおした。
友枝美術館を守る、シールドがブルブルと震えている。スルーの魔力から美術品を守っているのだ。
「お願い、さくらといっしょにがんばって!」
さくらは、さらに魔力を集中させる。
だが、スルーの力もさらに強まった。
「負けるな、さくら、根性見せてみぃ!」
だが、さくらにケルベロスの声に応える余裕はない。その表情がさらに厳しくなった。

「ほぇ?」
ふっと、スルーの力が弱くなった。思わず、さくらの気も緩んでしまった。
「あかん!」
次の瞬間、スルーの力が戻った。そして、1枚の絵がシールドを突き破る。
「やられた!」
「あ、あの絵は!」
その絵は、あっという間に、スルーの持つ空間の中に消えていった。

「・・・ったく。今日はさんざんだったな」
桃矢おじさんがぼそっと言った。
「仕方ないですよ。コンテスト中にあんな騒ぎになるんだもの」
龍平が桃矢おじさんに言った。
「確かに仕方ないけれど・・・アフタヌーンティーがお流れになったのは、残念だったな」
あたしも、そうつぶやいた。

もう夕方になろうとしている。
カードの気配とママの魔力の気配がして、そしてその気配がふっと消えたとき、友枝美術館では
1枚の絵が盗まれたということで大騒ぎになってしまった。
あたしは、ママにケータイで連絡をとろうとしたんだけど、だめだった。美術館って、
鑑賞のじゃまにならないように、ケータイが使えなくなる妨害電波が使われているんだ。
それで、コンテストの方はなんとか終わったんだけど、警察さんが来て、取調べが終わるまで、
あたしたちは会場で待つしかなかったんだ。

「残念ですが時間も時間ですし、アフタヌーンティーは次の機会にということにしませんか」
「そうですね。今日は、私がこの子たちを送りますから」
「わかりました。わたしは、この子(エドワード)と帰ります。木之本助教授は、みなさんを
よろしくお願いします」
そんな桃矢おじさんと張(チャン)教授の会話の後、あたしたちは公園の中を歩いている。

(さっきの気配は確かにクロウ・カードの気配だった。
絵が盗まれたのも、きっとそのカードのせいなんだ)
あたしが考え込んでいると、桃矢おじさんが、ポンっとあたしの肩をたたいた。
「元気ないな」
「え・・・そんなこと・・・ないです」
「腹すいてるのか?」
「そ、そうですね」
考えてみたら、確かにお腹がぺこぺこだ。
「そっか。じゃ、今日はひさしぶりに、俺が晩飯でも作ってやるか」
「いいんですか?」
桃矢おじさんは、料理がとても上手なんだ。
「まぁな。せっかくの機会だ。すみれや龍平も、いつも怪獣の作る飯ばっかり食っていないで、
たまには、ちゃ〜んとしたもんを食わないと・・・」
桃矢おじさんがそう言いかけたとき、
「な〜んですってぇ〜!」
「うゎっ!」
ママが突然現れた。
「だれが怪獣ですって!」
かすみちゃんの姿のままで、ママが桃矢おじさんにつめよる。
「おお!怪獣さくらのどん現る!」
「さくら、怪獣じゃないもん!」

ママと桃矢おじさんの、お約束の会話だった。

「キィーッ!!!」
ママがキレて、桃矢おじさんに蹴りを入れようとする。これもお約束だ。
桃矢おじさんって運動神経はばつぐんなんだけど、なぜかママの蹴りだけは入っちゃうんだ。
そのとき、
「あの・・・さくらさん」
ミラーさんだ。
「おにいさまは、すみれさんを元気づけようとして、ああおっしゃったんだと思います」
ミラーさんのことばに、ママが固まった。
そして、蹴りを入れようとしていた足を下ろして、そろえなおした。
「そ、そうだよね」
ママは照れくさそうにミラーさんを見た。
桃矢おじさんは、そんなママとミラーさんを見比べたあと、ミラーさんに
「サンキュ」
「いえ、とんでもありません」
ミラーさんは、少しうつむいたけど、そのほおは赤くなっていた。

「すてきですわ」
「と、知美ちゃん!」
いつのまにか、知美ちゃんがそんなミラーさんたちを撮影していた。
「ミラーさんの優しさも、1秒たりとも見逃せませんわ!」
「きょうもビデオを持っていたの?」
「もちろんですわ」
知美ちゃんがビデオを持っているなんて、あたしは今の今まで気がつかなかった。
いったい、いつもどこに持っているんだろう。

「みんなぁ〜、ここにおったか〜」
「ケロちゃん!」
そのとき、ケロちゃんがあたしたちの方にやって来た。
「ケロちゃん、来ていたの?」
「ああ、クロウ・カードの気配がしたときから来とった」
「ひょっとして、ママといっしょだったの?」
「そや。けど、騒ぎがあってから、美術館は立入禁止になってしもうたやろ?
ケータイも通じんし、わいら、すみれたちが出てくるまであっちの方で待っとったんや。
そしたら、突然さくらが『なんですって!おにいちゃん!』と叫んだかと思うと、
ごっついスピードで、わいのところからダッシュして行きよったんや」
「そ、そうなの・・・」
あたしは、ママが怪獣ということばにとっても敏感だということがよ〜くわかった。
「とにかく、みんな無事だったようやな」
「うん。ところでケロちゃん、さっきの騒ぎって、やっぱりクロウ・カードなの?」
あたしが聞くと
「そうや。スルーのカードのしわざや」
「スルーって、通り抜けるって意味だよね?」
「その通りや。主のいないスルーは、何か気に入ったもんを見つけたら、それを自分の中に
通り抜けさせようとする。今回は、なんでか知らんけど、友枝美術館の展示品をねらったようやな」
「じゃ、さっき、あたしが感じた、ママとカードの気配は?」
「さくらが、スルーさせないようにシールドのカードで守ったんや。
そやけど、カードの方が1枚上手(うわて)やったな」
「そうね」
ママがうなずいた。

「スルーの力は、ごっつう強力なんや。さくらでさえ、本気でかからんとだめやった。
けど、急に力が弱くなってな」
ケロちゃんが、ママの方を見る。
「思わず、ママも力を抜いてしまったの」
「そしたら、急に力が戻ってな、あっというまに1枚だけ絵がスルーしてしもうたんや。
フェイントをかけられたんやな」
「・・・そんな。ママの力でもダメだなんて・・・そんなカード、封印できるかな?」
あたしは心配になった。
ケロちゃんは、あたしの正面にまでやってきて、腕を組んだ。
「すみれの心配ももっともや。さくらがスルーを封印したときも、7日だか8日かかって
やっとの思いで封印したんや」
「そ、そうなんだ」
あたしは、ますます心配になった。
「けど、そないに心配せんでもええ。スルーのカードを封印する方法はわかっとるでぇ。
なぁ、さくら!」
「ママ、ほんとうなの?」
「そうよ。だから、ケロちゃんの言うとおり、よけいな心配をする必要はないわ」

そのとき、
「・・・この気配は?」
「スルーのカードの気配や!カードのやつ、1枚の絵しかスルーできんかったさかい、
がまんできずに出てきたんやな。すみれ、さくら、カードキャプターの出動やで!」
「「うん!」」 

ママは星のペンダントを取り出した。足元に魔方陣が現れる。
「星の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、さくらが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」

そしてあたしの足元にも魔方陣が現れる。ピアスが耳からはずれて、目の前に移動する。
「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、すみれが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」

カードの気配がだんだん強くなっていく。
「カードはあっちの方や。すみれ、さくら、ちゃっちゃと行くでぇ!」
ケロちゃんが空へ飛んでいった。
「ケロちゃん、待ってったら・・・フライ!」
あたしとママはケロちゃんをフライのカードさんを使って、ケロちゃんを追いかけた。

「おふたりとも・・・りりしいですわ〜」
空を行く親子を幸せそうに撮影する知美を見ながら、
(地上から撮っているはずなのに、後から見せてもらうと、なぜか上空からのアングルに
なっているんだよね)
そうは思いながらも、なぜかそのツッコミを口に出せない龍平だった。

「ねぇ、ケロちゃん、スルーのカードさんって、どんなふうにして封印するの?」
ケロちゃんに追いつくと、あたしは聞いた。
「主(あるじ)のいないスルーは、何かを自分の中に通り抜けさせようとする。
スルーを封印するには、スルーの中に入って、通り抜けずに入り口に戻るんや。
そうすれば、スルーのカードは、入り口まで戻ったもんの力を認めるさかい、封印できるんや」
「そうなんだ。でも、どうしてママが封印するのに、長い時間がかかったの?」
「スルーの中に飛び込むってことは、スルーの世界に入るっちゅうことや。
そやから、そん中では、スルーの力がごっつう強うなるんや。
さくらがなかなか封印できんかったのも、フライやジャンプでは、ぜんぜん、入り口まで戻れなくて、
出口までスルーされてしまったんや」
「じゃ、どうやって封印したの?」
「ウッドや」
「ウッドさんで?」
「8日めやったかな、さくらが、スルーん中でウッドをめいっぱい繁らせよった。
そしたら、スルーのやつ、風邪ひいて、のどがいがらっぽくなったときみたいに、
わいらがじゃまになったんやな。スルーのやつ、思わずせき込みようにして、
わいらを入り口に戻しよったんや」
「そっか」
「すみれもウッドのカードを持ってるやろ?今回は、さくらとふたりでウッドのカードを使えば、
一発で封印や!」
「「うん!」」

さくらさんたちの姿が見えなくなったころ、あの人が私に尋ねました。
「さくらたちが封印しに行ったのは、スルーとかいうカードだと言ったな」
「はい」
「通り抜ける、って意味のスルーだよな」
「はい」
「ひょっとして、星篠高校で、さくらが空中から抜け落ちて来たときのカードか?」
「はい」
私がそう答えると、あの人の表情が険しくなりました。
「あの時、君がいたからこそ、さくらは大丈夫だったんだ。今回は、大丈夫か?」
「さくらさんとすみれさんなら、きっと、大丈夫です」
私は笑顔を作って、答えました。けれども、やはりわかっていたのでしょうか、
あの人の表情は厳しいままでした。
「どうしたんですか?」
龍平さんと大道寺さんが心配そうに聞いてきました。
「さくらたちが心配だ。龍平、龍平はカードの気配はわかるか?」
「うん。学校の方向から感じるよ」
「よし、行こう」
私たちは友枝小学校へ向かいました。

「ケロちゃん、あれを見て!」
あたしは、魔力が強くなっているところを指差した。空に黒いうずまきのようなものが浮いている。
「あれが、スルーや。よっしゃ、中に飛び込むでぇー!」
「気をつけて、すみれちゃん。中に入ったら、ママといっしょにウッドを使うのよ」
「わかったよ、ママ」
「行くでぇー!!!」
あたしとママとケロちゃんはスルーのカードの中に飛び込んだ。

「す、すごい」
中はどうくつのようだった。スルーの魔力の流れがとても強い。
「いいわね、すみれちゃん」
「うん」
ママの声にあわせて、あたしはウッドのカードさんを取り出した。
「「木々よ、緑に繁り、我の助けとなれ!ウッド!」」
あたしのママのウッドさんから、木の枝がもうれつな勢いで伸びていく。
「そうや、その調子や!スルーの中いっぱいにウッドを繁らせるんや!」
「ここだよ。カードの魔力を1番強く感じるのは」
私たちは、友枝小学校の校庭にいました。日曜日ですから、私たちの他には誰もいません。
龍平さんも、カードの気配を感じる力は持っているようでした。
「はい、さくらさんたちは、この近くに現れると思います」
「ところで、さくらさんがスルーのカードを封印するときに、ミラーさんが何かされたのですか?」
大道寺さんが、あの人に聞きます。
「一瞬のことでよくわからなかったが・・・ミラー、説明してくれないか」
「はい。おそらく、さくらさんたちは、今、スルーのカードの中にいると思います。
スルーのカードを封印するためには、その中に一度入って、スルーしないで入り口に戻らなければ
ならないからです・・・ですが、スルーの中では、スルーの力が一番強いのです。
さくらさんとすみれさんの魔力では、入り口に戻れないでしょう」
「じゃ、あの時、君がしたのは・・・」
「あの時、私は鏡に戻りました。そして、スルーから抜けてきた、さくらさんたちを
同じ力で反射したのです。ですから・・・」
「そうか、それで・・・」
あの人は、ようやく納得したようでした。
「では、今回も、ミラーさんのお力で、すみれちゃんたちを入り口に戻せば、封印できる、
というわけですね。すばらしいですわ〜」
そうおっしゃる、大道寺さんのとなりで、龍平さんが難しい顔をしていました。
「だめだよ、ミラーさん、そんなことをしちゃ!」
「・・・えっ」
「ぼくには、わかる。今度はだめだよ、ミラーさん」
「・・・」
私は、ことばを返すことができませんでした。
「どういうことだ、龍平?」
あの人の質問に、龍平さんが答えました。
「今度、そんなことをしたら、ミラーさんが割れてしまうんだ」
「なんだって?!」
「ママの時は、ミラーさんは、ママとケロちゃんだけをはね返せばよかったんだ。
けれど、今度は違う。ママとお姉ちゃんとケロちゃんをはね返さなくちゃいけないんだ。
お姉ちゃんの魔力も、ママと同じぐらい強いから、そんなに強い魔力をはね返そうとしたら、
ミラーさんがもたないよ!だから、だめだよ、ミラーさん!」
「・・・」
やはり、龍平さんにはわかってしまったようです。ですが、
「・・・ですが、このままでは、さくらさんたちが地面に激突してしまいます。
私がいれば、たとえ私になにかあっても、さくらさんたちは大丈夫です」
「だめだよ、ミラーさん!」
「やめろ、何か他の方法を考えるんだ」
「・・・ありがとうございます。カードの私をこんなに大切にしていただいて・・・
でも、私はカードですから・・・それに、もう、時間がありません。
ほんとうに、ありがとうございます・・・」
そして、私は真の姿である鏡に戻りました。
「ミラー!」
「・・・しっかり、私を支えてください・・・さくらさんたちを助けられるように・・・」
私は、真の姿のままで、あの人にお願いしました。

あたしとママのウッドさんから伸びた枝が、スルーの中全体に広がっていく。
「そうや、その調子や!カードキャプターの根性見せたれ!」
ケロちゃんのテンションが上がっていく。
「もっとや!枝が広がれば、スルーはわいらを押し流せんようになるんや!」
やがて、スルーの魔力の流れが弱くなってきた。
「うまくいった?」
「まだ、油断できないわ」
ママのことばに、あたしは杖を握りなおした。
「もう少しや!根性見せたれ!」
ケロちゃんのテンションが、さらに上がっていく。
そして、あたしたちはスルーの中で止まったようだった。
「止まった?」
「まだや。入り口まで戻れんと、スルーを封印できへん。油断しないで、もっと枝を繁らすんや!」
「「わかった!」」
あたしとママは、杖に力をこめる。
けれど、突然、スルーの魔力が強くなった。
「入り口に戻れるの?」
ママがケロちゃんに聞く。
「そのはずや」
次の瞬間、あたしたちはずんっ!とまた同じ方向に押し流され出した。
「ほ、ほぇ〜っ!」


(ほ、ほぇ〜っ!)
「お姉ちゃん!」
「龍くん、どうなさいました?」
「今、お姉ちゃんの声が」
「まぁ、わたしには何も聞こえませんが」
不思議がる大道寺さんに、私が答えました。
「私にも聞こえました。今のは、すみれさんの声です。スルーのカードの中から魔力の媒体を
伝わったものですから、魔力がない人には聞こえません」
「さくらとすみれは大丈夫なのか?」
あの人が聞きました。
「今は大丈夫です。・・・もうすぐ、おふたりはこの近くの空間から押し出されてきます。
おふたりを私の力ではねかえすことができれば・・・」
「だから、だめだよ、ミラーさん!そんなことをしたら、ミラーさんが割れちゃう!」
「どうにかならないのか?」
「・・・私がはね返さなければ、おふたりはきっとけがをしてしまいます。ですから」
「ですからって・・・それじゃ、だめなんだよ!」
龍平さんの声がうわずります。こんな龍平さんを見るのは初めてです。
「あれを・・・黒いうずまきが・・・」
大道寺さんが空を指差しました。
「・・・あそこから、さくらさんたちが現れます。もう、本当に時間がありません。
さくらさんたちを助けられるように、しっかりと私を支えてください」
「・・・ミラー・・・」
「お姉ちゃん、ミラーさんを助けて!」
 

(お姉ちゃん!)
「ほぇ?今のは龍平の声?」
あたしは、突然、龍平の声が聞こえたのでびっくりした。
「ケロちゃん、今、龍平の・・・」
あたしが、そう言い終わらないうちに魔力の流れがまた激しくなった。
「ほえ〜っ!」
もう、ママとケロちゃんがどこにいるのかわからない。
ウッドさんでは、うまくいかないんだ。
このままでは、あたしたちはどこかに流されてしまう。それじゃ、だめなんだ。
「そうだ!」
あたしは、別のカードさんを取り出した。
「ロープ!」
あたしの杖から、ロープが伸びていく。
スルーの中にはロープをひっかけるようなところはなかった。
入り口まで、ロープを伸ばさなければいけないんだ。
(お願い。入り口まで伸びて!早く!)
けれども、あたしを押し流す、魔力のスピードはますます上がっていった。
「ほぇ〜っ!間に合わないよぉ!」
「うずの流れが速くなった!お姉ちゃんたちが、出てくるんだ!」
龍平が、空を指差す。
「来ます!」
ミラーの声と同時に、空間から魔力の流れが噴き出してきた。
「流れが、ふたつに分かれてる!」
スルーの中で、すみれがロープのカードを使ったため、すみれのスルーされるタイミングが
変わってしまったのだ。ひとつの流れはミラーへ、もうひとつの流れは龍平へと向かっていく。
(これは、お姉ちゃんだ!)
自分に向かってくる魔力の流れを見て、龍平は思った。
(逃げちゃいけないんだ。ここでぼくが逃げたら、お姉ちゃんが地面にぶつかっちゃう!)
龍平は、両手を伸ばして姉を受け止めようとした。

「龍くん!」
知美の叫びが響き渡った。

その次の瞬間、
「すみれ、だいじょうぶか!?」

……。

「すみれ、だいじょうぶか!?」
「ケロちゃん!」
あたしは、ケロちゃんの声で気がついた。気を失っていたようだ。
「なんとか・・・だいじょうぶみたい・・・ママは?」
「さくらもだいじょうぶや。少し先を飛んでおるでぇ!」
ロープを使った後、スルーの魔力の流れが急に速くなったのは覚えている。
「どうなったの?」
「さくらの時とおんなじや。スルーのやつ、わいらを入り口に戻しとる。
ウッドを繁らせたんが、今回もうまくいったんや。この流れが弱まらんうちに、入り口に急行やで!」
「うん!」
あたしは、フライのカードさんを取り出した。
「フライ!」
フライで飛んでいくと、ママの背中が見えてきた。
「ママ!」
「もう少しで入り口よ。すみれちゃんもがんばって!」
「うん!」
「そうや、その調子や。カードキャプターの根性見せたれ!」
あたしは、杖を握りなおした。

そして、あたしたちはスルーの入り口から抜けることができた。
振り向くと、空間がうずを巻いている。封印するなら、今だ。
「汝のあるべき姿に戻れ!クロウ・カード!」
あたしは、封印の杖を振りおろした。 

まもなく封印されたスルーがカードになって、あたしの手にすべりこんできた。
「やったぁ!」
「よくやったわね、すみれちゃん」
ママもうれしそうだ。そして、ケロちゃんも・・・
「ほぇ?ケロちゃんは?」
あたしはケロちゃんの声が聞こえないので、まわりを見渡した。
「うぐうぐ」
あたしの頭の後ろから、ぐぐもった声が聞こえてくる。
「・・・なに?」
あたしはちょっとこわくなった。けれど、声がするのは頭のすぐ後ろだから見えない。
「ケロちゃんよ」
ママが、笑いをこらえながら言った。
「すみれちゃんは封印中にフライのカードを使えないから、すみれちゃんが落ちないように、
ケロちゃんが、口でえりをつかんでいるのよ」
「そっか」
「うぐうぐ」
ケロちゃんのうぐうぐが大きくなった。
「すみれちゃん、早く、フライのカードを使って。ケロちゃん、大変だから」
「ご、ごめんなさい」
あたしは、急いでカードを取り出した。
「フライ!」 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ほんま、しんどかった・・・」
あたしがフライさんを使うと、ケロちゃんはようやく、えりから口を離してぜぇぜぇしていた。
「ありがとう、ケロちゃん」
「・・・ほんま、気ぃつけえやぁ。さくらのとちごうて、すみれのフライは杖に羽を生やすタイプ
なんやから、いきなり空中で封印なんてしよったら、落ちてまうんやで」
「ごめん、ごめん。これから気をつけるよ」
「すみれちゃん、上を見て!」
そのとき、ママがあたしに言った。
「上って、何?」
見上げると、何かがゆっくりと落ちてくる。あたしは、手を伸ばして、それを取った。
「ママ、これって・・・」
「スルーがスルーした絵よ。よかった、戻ってきて」
それは、けさ、ママが見つめていた『微笑み』という絵だった。
「まだかすかにサイレントの気配が残っとる。そやから、スルーのやつ、仲間やと思って
あないに強引にスルーさせたんやな」
「じゃ、スルーさんって、悪いカードってわけじゃないんだね」
「そういうこっちゃ。次は、どうにかして、この絵を返さなあかんな。
それには、まず、地上に降りて考えよか」
「うん」
あたしたちは、絵が風に飛ばされないように、ゆっくりと地上に降りていった。
それまで気がつかなかったけれど、あたしたちがいたのは友枝小学校の上空だった。
「あれは・・・龍平と知美ちゃん?」
「ママ、お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
あたしたちが地面に降りると、龍平が心配そうに聞いてきた。
「だいじょうぶよ。でも、どうして龍くんと知美ちゃんが、ここにいるの?」
ママが聞き返すと、知美ちゃんが
「龍くんがカードの気配を追いかけて、ここに来たのですわ。すみれちゃん、ご無事でしたか?」
「うん、なんとか、スルーのカードを封印できたよ。スルーされた絵も戻ったし」
あたしは、龍平と知美ちゃんに絵を見せた。
「すばらしいですわ〜。でも・・・」
知美ちゃんが、ため息をついた。
「すみれちゃんがカードを封印するところを撮影できませんでした・・・」
知美ちゃんがブルーになると、ややこしくなりそうなので、あわてて、あたしは話題を変えた。
「ところで、桃矢おじさんとミラーさんは?」
「ミラーさんがお疲れなので、桃矢おじさまとふたりで、先にすみれちゃんのお家に戻られました」
「ミラーさんが?」
ミラーさんが何かしたのかな?と思って、あたしがそう聞くと、龍平がなにか言おうとしたけど
「それは・・・あとでお話しますわ」
「「ほぇ?」」
あたしとママは、顔を見合わせた。


ここで、時間が少しさかのぼります。

「龍くん!」
大道寺さんの声を聞いたその時、私の身体は強烈な衝撃を受けました。
鏡である私が、さくらさんとケルベロスさんを包んだ魔力の流れをはね返したのです。

次の瞬間、私はさくらさんの姿に戻ろうとしました。
「お、おい、だいじょうぶか?」
あの人の声が聞こえてきます。ほんの一瞬のはずなのに、とても長い時間のようでした。
すっかり魔力を消耗してしまった私を、立てなくなるほどの眠気が襲ってきます。
(あれは・・・?)
薄れていく意識の中で、私は龍平さんを見ました。

「お、おい、しっかりしろ!」
あの人の声が遠くなっていきます。

「・・・だ・・・い・・・じょ・・・ぶ・・・さ・・・く・・・ら・・・さ・・・ん・・・も・・・
す・・・み・・・れ・・・さ・・・ん・・・も・・・」

私の意識は、そこで途切れたようでした。

「ミラー!」

(今のは・・・?)
その時龍平は、自分の両手を呆然と見つめていた
「ミラー!」
桃矢は、意識を失ったミラーを力いっぱい抱きしめた。桃矢の声を聞いて龍平は我に返った。
「ミラーさん!」
ミラーと桃矢のところに、龍平と知美がかけよった。
「・・・馬鹿野郎・・・」
そんな声にならない桃矢の声を聞きながら、龍平はミラーのひたいに手をあてる。
「まだ、魔力を感じる。おじさん、ミラーさんはだいじょうぶだよ」
「・・・ほんとうか?・・・」
「うん。まだ魔力が残っている。ママの魔力が途切れなければ、時間がたてば回復するよ」
「・・・そうか・・・」
3人は、ミラーの顔をのぞきこんだ。
「とても、お優しい寝顔ですわね」
「ああ」
知美のことばに、桃矢はうなずいた。

「さくらもすみれも無事なようだ。この子が言っていた」
「では、ミラーさんがさくらさんたちをはね返すことができたのですね?」
「ううん。ミラーさんが反射したのは、ママとケロちゃんだけだ」
「「え?」」
龍平のことばに、桃矢と知美は驚いた。
「お姉ちゃんは、ぼくがはね返したみたいだけど・・・」
「はね返したみたいって?」
「よくわからないんだ」
龍平は自分の両手を見ながら、答えた。

「さくらさんとすみれちゃんは、まだカードを封印しているはずです。おじさまはミラーさんを
連れて、先に戻られてはいかがでしょうか?」
知美の提案に、桃矢は答えた。
「いいのか?」
「ええ。さくらさんたちが戻られるまで、もう少しかかると思いますわ。
車を呼びますから、それをお使いください」
「ありがとう」
知美はケータイを取り出した。

30秒もたたないうちに、黒塗りの車が見えてきた。

話は戻ります。

「この絵は見たことがありますわ」
「知美ちゃんも知ってるの?」
「ええ、母の撮ったビデオにありましたわ。さくらさんがサイレントを封印した時の絵ですわ。
そのとき、絵を元に戻そうとしていた橘さんが、今の美術館の館長ですのよ」
「ほぇ?あの優希ちゃんが?」
知美ちゃんの話を聞いて、ママがびっくりしていると
「それより、この絵、どうするの?返さなくちゃいけないんだよ」
龍平が心配そうに言った。
「カードのことは信じてもらえないだろうし・・・」
龍平の言うとおりだ。
「このまま返しに行ったら、ぼくらが泥棒にされちゃうよ」
「泥棒!」
ママの頭の上に、電球が点いた。ずいぶん昔風だ。
「龍くん、それだよ!」
「ママ?何か思いついたの?」
ママはあたしの質問に答えないで、知美ちゃんに言った。
「知美ちゃん、お願いがあるの」

その夜のこと。

「では館長、私はお先に失礼します・・・あの、明日も早くなると思いますので、館長も早く・・・」
「ありがとう。私も、もう少ししたら帰ります」
秘書の気遣いに感謝しながら、橘は答えた。
「では、お先に失礼します」
ドアが閉じられると、橘は椅子にすわりこんだ。
「・・・・・」
今日は長い1日だった。友枝フィギュア・コンテストの開催中に鳴り響いた警報。
そして警報が鳴り止んだときには、最も貴重な絵が館内から消えていたのだ。
そして、その騒ぎを受けて深夜まで続いた、館内の調査、警察の捜査、マスコミへの対応。
今、やっとそれらが途切れたのだ。
「・・・パパ」
その絵は、美術品として貴重なだけではない。彼女の父が彼女のために描いてくれた絵でもあるのだ。

幼いころに、この世を去った父。彼女は、大好きだった父と同じ画家になろうとした。
しかし、彼女は画家としての才能には恵まれなかった。それでも美術史と経営学を修めて、
大好きな父の絵のある、友枝美術館の館長となることができたのだ。

そのときだった。
「ひさしぶりやなぁ〜」
突然、館長室に声が響き渡った。
「覚えとるかぁ〜わいはここの守り神やぁ〜」
「な、なに?」
驚いていると、壁に影絵が浮かび上がった。
「こ、これは・・・」
この影絵には見覚えがあった。
「思い出してくれた、腹話術?」
もうひとり、聞き覚えがある女の子の声がした。
「あ、あなたは?」
いつのまにか人影があった。手に、ぬいぐるみと杖を持っている。
「おひさしぶり、優希ちゃん、あ、橘さんって呼ばなきゃいけないかな?」
「う、うそ?あのときの怪盗?」
思い出した。誰かにいたずらされていた父の絵が元に戻ったときにいた怪盗が、そこにいたのだ。
「で、でも、どうやってここへ?」
驚くのも無理はない。館長室に来るには、セキュリティシステムを突破しなければならないのだ。
だが、さくらたちはスルーを使ってここまで来ていた。
「わたしたちは華麗なる怪盗ですもの」
となりに、もうひとりの女の子がいた。知美だ。
「あなたたちは・・・」
信じられなかった。父の絵が元に戻ったのは、もう何十年も前のことだ。
それなのに、目の前に現れたふたりは、あのときのままだった。服装も年齢も・・・

驚いている橘に、さくらは言った。
「ごめんなさい。きょうの騒ぎは、わたしたちの仲間が引き起こしたの」
「あなたたちの仲間って・・・」
さくらは振り向いて
「来て」
さくらの後ろから、もうひとりの怪盗が現れた。さくらと同じ服装を着ている。すみれだった。
「ほんとうにごめんなさい。絵はお返しします」
すみれは、絵を差し出すとペコリと頭を下げた。
「あ、ありがとう」
思わず、橘も絵を受け取る。
「確かに・・・これはパパの『微笑み』・・・」
「じゃあ、橘さん、確かに絵はお返ししました。わたしたちはこれで帰ります。いつまでも元気でね」
「あ、あの」
「わたしたちは華麗なる怪盗ですもの。ぐずぐずしていて捕まるわけにはまいりませんの」
「お父さんの絵、大切にしてください」
すみれが最後のことばをかけると同時に、さくらとすみれは再びスルーを使った。

「どうやら今回の事件は、これでおさまりそうですわね」
「ああ、現場をいくら調べても何も出てこないし、橘さんも、さくらさんたちのことを話すわけには
いかないし、捜査は迷宮入りだろうけど、絵が戻ったから、それで終わりになるだろうね」
「ところでエドワード、すみれさんを反射したのは?」
「発動が間に合ってよかった。また騒ぎになるんだろうけど」
「楽しそうですわね」
「ああ」

そのふたりの影が消えたころ、さくらたちの姿が公園に現れた。

「楽しかったですわ。さくらさんとご一緒していた、母の気持ちがわかりますわ」
知世おばさんの服を着た、知美ちゃんはほんとうに楽しそうだ。
「それにしても、あの時と同じコスチュームで絵を返しに行くなんて、さくらも、
おもろいことを考えつくもんやな」
「うん、龍くんが『ぼくらが泥棒にされちゃうよ・・・』って言ったから、思いついたんだ。
それに知世ちゃんがバトルコスチュームを全部とってあるのを知ってたから。
知美ちゃん、すみれちゃんのコスチュームを用意してくれてありがとう」
「そんなことなら、おやすい御用ですわ」
そのとき、あたしのケータイの着メロが鳴った。龍平からだ。
「龍くんから、なに?」
「ミラーさんが目を覚ましたって。それに、桃矢おじさんがおやつを作って待っているそうだよ」
「わ〜い、おやつやぁ!」
ケロちゃんが喜ぶ。
「それでは、ミッション・コンプリートですわね、すみれちゃん」
「うん!」

<すみれの怪盗初挑戦!?:終劇>


次回予告
いつもの時間に目が覚めた、日曜日の朝。
寝ぼけた頭でクローゼットに行くと、お気に入りの服がなかったの。
おかしいなぁ?お洗濯に出したのかな?と思いながら
朝ごはんを食べに1階におりて行くと

ほぇ〜!あなたは?

カードキャプターすみれ さくらと小狼のこどもたち
すみれともうひとりのすみれ

次回もすみれと一緒に
さくらと一緒に
封印解除(レリーズ)! <<NEXT

※次回のお話は前スレ 561 氏のお話の続きです。

BUCK

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