第13話 すみれと大きなシャボン玉

「ほぇ?衛(ウェイ)くん、今日はコーラじゃないんだ」
ランチのトレイを持って、テーブルの向かいにすわろうとした衛くんにあたしは言った。
「うん、今日のコーラは、なんか変だったから・・・」
「変?」
コーラが変だってことがあるんだろうか。あたしは思わず、首をかしげてしまった。
衛くんは、学校のカフェテリアでお昼を食べるときは、いつもコーラを飲んでいる。
それが、今日、衛くんの持ってるトレイを見ると、アイスコーヒーだったんだ。
「さすがですわぁ〜」
と、隣にすわっている知美ちゃんが言った。
「って、なんで、知美ちゃん?」
「だって、すみれちゃん、衛くんがお昼に何を飲んでいるのか、よく観察していらっしゃるのですね」
「ほぇ?!」
あたしはちょっとしたパニックになった。
「そ、そんな。ただ、今日は、衛くんとは日直で、午後の授業の準備を一緒にしなくちゃならないから
一緒にお昼食べようってことになったわけで」
なんか勝手に口がしゃべっているようだった。
そんなあたしを見て、知美ちゃんはにっこりと微笑んでいた。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
知美ちゃんの向かいにすわっている、龍平が聞いた。
その隣の衛くんも、不思議そうにあたしの顔を見ている。
「な、なんでもないよ。今日のランチ、おいしそうだね。いただきまぁ〜す!」

その時、
「あれ〜?、このコーラ、気が抜けてる!」
カフェテリアのどこかから声がした。
「わたしのコーラも、気が抜けてるわ」
「ぼくのコーラもだ!」
「わたしのティーソーダも、気が抜けてるわ!」
たちまち、カフェテリア中が騒がしくなった。
スタッフのおばさんが、あわてて飲み物のサーバーを確認する。
「おかしいわね。炭酸飲料が全部、ダメになっているわ。サーバーの故障かしら?」
結局、気の抜けた炭酸飲料を頼んだ子たちは、他のジュースなどに交換してもらっていた。

「衛くん、それで今日はアイスコーヒーにしたの?」
「うん、まぁ」
衛くんは、サーバーの方を見ながら、あたしに返事した。

そして、お昼を食べたあと、あたしと衛くんは理科室に向かった。次の授業の準備をするためだ。
「木之本さん、それはこっちだよ」
「うん」
ふたりで、ペットボトルを机の上に配っていく。
この後の授業は、シャボン玉の実験。
「これは、つかさちゃんのグループのシャボン玉液だから、こっちの机だね」
2日前の授業で、あたしたちはシャボン玉液を作った。
材料は、お水に、台所用洗剤、洗濯のりにガムシロップやゼラチンや蜂蜜。
洗濯のりなんかを加えると、シャボン玉が丈夫になるそうなんだ。
グループごとにレシピ(っていうんだね。お料理じゃないのに)を変えてシャボン玉液を作ったんだ。
なんでも、シャボン玉液っていうのは、作ってから時間をおいてなじませた方が、
丈夫で大きいシャボン玉を作れるっていうわけで、その日は作った液をペットボトルに入れておいて、
いよいよ今日、実際にシャボン玉を作るんだ。

次に、シャボン玉を作る器具を配っていく。
ストローや、いろんな形の吹き口。それにフラフープに、ビニールのプール。
あたしと衛くんは、各グループに1セットずつ配っていく。
「うまくいくといいね」
特に楽しみなのは、フラフープを使って、人が入れる大きなシャボン玉を作ること。
「シャボン玉の中って、どんなだろう。楽しみ!」
「準備はできたようね。まだ、10分前なのに感心、感心」
その時、理科の葵先生が理科室に入ってきた。

「はう〜。うまくいかないよぉ」
実験が始まると、あたしたちは困っていた。
どこのグループも、うまくシャボン玉を作れないんだ。
全然、吹き口につかない液もあるし、泡が細かすぎてすぐに割れてしまう液もある。
とにかく、どこのグループもだめなんだ。
そんなみんなの様子を見て、先生も困っていた。
「おかしいわね・・・いくらなんでも、ひとつのグループも作れないなんて・・・」
先生は腕を組んで少し考えた後、
「みなさん、少し待ってね」
と言って、準備室の方に行った。
そして、まもなくペットボトルを抱えてくると、あたしたちのグループのところまで来た。
「これは、先生自慢のレシピで作った特製液なの。これなら、絶対、シャボン玉を作れるわ」
先生は、ビニールプールの真ん中に台を置くと、
「さぁ、木之本さん、ここに立って。先生特製の巨大シャボン玉に入れてあげるから」
「は、はい!」
あたしは、あわてて、台の上に乗る。
半分あきらめていただけあって、いよいよ、シャボン玉の中に入れるかと思うとドキドキする。
「じゃ、液をそそぐわよ」
先生が、液をプールに入れ始めた。
(ほぇっ?この感じ)
その時、
「木之本さん!」
「ほぇっ?!」
衛くんの声がした。
「★※Ωё!」
突然、衛(ウェイ)くんがあたしに飛びかかってきた。
「衛くん、ほぇ〜!」
そのまま、あたしたちは理科室の床に倒れこんだんだ。すると

ざっぷーん!!!

「衛くん、大丈夫!」
葵先生が叫んだ。
先生が入れたシャボン玉液から突然大きなシャボン玉ができて、はじけたんだ。
はじけた液は、衛くんに思いっきりかかっていた。
「・・・大丈夫じゃ・・・ないです」
衛くんは、ほんとうに気持ち悪そうだった。
「木之本さんは?」
「あ、あたしは腕と袖にちょっとかかっただけです・・・でも・・・ベトベトしてます」
「大丈夫ですか、すみれちゃん!」
知美ちゃんが駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ。衛くん、ありがとう。衛くんのおかげだよ。
でも、どうしよう。衛くんの服、ベトベトになってる・・・」
「そうだ!」
「なに?」
「今日は、クラブがあったんだ。クラブの練習服に着替えればいいよ」
「そっか」
あたしたちは、先生の許可をもらって、着替えることにした。

クラブの練習服に着替えて理科室に戻ると、結局、実験は中止になっていた。
そして、みんなは去年の実験のビデオを見ていたんだ。
「・・・このように色が黒くなると、シャボン玉は形を保てずに割れてしまいます」
「どうして、シャボン玉は割れてしまうんですか?」
「理由はいろいろありますね。ほこりやちりがついて、膜が薄くなってしまった場合、
水分が蒸発して膜が作れなくなった場合、重力で液が下に溜まってシャボン玉の上の部分が
薄くなっても、シャボン玉は割れてしまいます・・・」
授業は続いていたけど、あたしはあまり聞いていなかった。
なぜって、
(さっきの感じ・・・あれは確かに・・・)

「残念でしたわ・・・」
理科の授業が終わって、理科室から教室に戻る途中、知美ちゃんがため息をついた。
「そうだね。シャボン玉、作れなかったから」
「そうではありませんわ」
「ほぇ?」
「すみれちゃんが、あやうくシャボン玉液をかぶってしまうというところを助けた衛くん。
あのときの衛くんは、まるで王子様が愛するお姫様を助けるかのようでしたわ。
そのおふたりの名場面をビデオで撮影できなかったなんて・・・とっても残念・・・」
「はうー」
あたしの頭におっきな汗が浮いた。
「それに、おふたりでおそろいの中国服で戻られたところも撮影できませんでしたし・・・」
「こ、これは、中国拳法の練習服だし、それをペアルックみたく言われても・・・」
「とにかく、2度も撮影チャンスを逃すなんて・・・」
知美ちゃんが、また大きなため息をついた。
「それより、知美ちゃん」
「なんですの?」
「さっき、シャボン玉液がはねたとき、気配を感じたの」
「気配って、まさか?」
「うん、あれは確かにクロウ・カードの気配だったよ」
知美ちゃんの表情が輝いた。
「それでは、今晩はカードキャプターの出番ですわね!
ああ、またすみれちゃんの活躍を撮影できるなんて・・・超絶幸せですわ〜っ」
そんなキラキラしている知美ちゃんに、あたしは
「今日はクラブがあるから、ママと学校に来るのは遅くなるかも・・・」
と言うのが、やっとだった。

「ただいまーっ」
「お帰りなさい。ほぇ?どうして、制服じゃないの?」
ママがあたしの練習服姿を見て、聞いてきた。
「うん、いろいろあったんだ。後で話すよ。それより、今日はクラブあったから、おなかすいたぁ」
あたしは制服をママに渡して、冷蔵庫に直行する。冷蔵庫には
「ほぇ〜っ!!!あたしのおやつがない!!!」
あるはずの、こぐまやのプリンがなかった。
あったのは、空っぽのカップだけ。この食べ方は・・・
「ケロちゃん!」
ぱたぱたぱた・・・
あたしは、2階に駆け上る。
「ケロちゃん、また、あたしのおやつをつまみ食いしたでしょ!」

友枝フードファイトで失格になってから、ケロちゃんのつまみ食いが止まらなくなった。
おかげで、この1週間ほど、あたしはおやつを食べられないでいる。
ママに止めるように言ってもらっても、
「ええやないか。たかが、おやつやし。おやつかて、このケルベロス様に食べられた方が幸せや」
って感じで、どうしようもならないんだ。
「「う〜っ」」
あたしとケロちゃんがにらみ合っていると、あたしの制服を手にしたママが部屋に入ってきた。
「おやつはまた買ってあげるから。それより、すみれちゃん、この制服、気配がするんだけど」
「気配?カードの気配か」
ケロちゃんが聞き返す。
「うん、そうなんだ」
あたしは、ママとケロちゃんに今日あったことを話し出した。


「「で、結局、こうなるのね」」
その夜、友枝小学校の校門前で、バトルコスチュームに着替えたあたしとママは言った。
「知美に知られたら、こうなるってわかりきったことやないか」
ケロちゃんがお約束のせりふを言う。
「おふたりとも、すてきですわ〜」
あたしたちを撮影しながら、知美ちゃんが言う。
「わいも撮ってくれ〜」
ケロちゃんが、カメラの前で次々とポーズをとる。
「ところでケロちゃん、何のカードだと思う?」
ママの質問に
「すみれの話が本当なら、おそらく、バブルのカードやろな」
「まぁ、どんなカードさんですの?」
「泡を作ったり消したりするカードや。昼間のカフェテリアで、コーラの気が抜けたのも
理科の授業でシャボン玉ができなかったり、いきなりシャボン玉ができたりしたのも、
バブルのカードの仕業に違いない」
「わたしも、そう思う」
ママが校舎のほうを見つめる。
「・・・感じるよ。クロウ・カードの気配」
あたしとママ、知美ちゃんとケロちゃんは、学校に入っていった。

「こちらの方ね」
「このまま行くと理科の準備室の方だよ、ママ」
あたしたちは準備室の入り口まで来た。
「気配が高まってきとる。すみれ、さくら、気をつけや」

準備室のドアを開けると、その中には泡でいっぱいだった。
「やっぱりや!これはバブルのカードや」
ケロちゃんが叫ぶ。
「すみれ、さくら、急ぐんや。今のうちにせんと、学校中泡だらけになって封印できなくなるでぇ!」

ママは、星のペンダントを取り出した。
「星の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、さくらが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」
そしてあたしは
「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、すみれが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」

「知美ちゃんは、危ないから下がって!」
あたしはそう言うと、カードさんを取り出した。

「グルー!」
バブルがこれ以上広がらないように、グルーさんで固めてしまうんだ。
「いけませんわ、すみれちゃん!」
「いけないって、ど、どういうこと?」
「すみれちゃん、どうしてグルーさんを使われたのですか?」
「泡をグルーさんで固めてしまえば、これ以上広がらないと思って」
「理科の授業で、先生のお話を聞かれなかったのですか?」
「ほぇ?」
知美ちゃんのことばに、あたしは固まった。こんな時に理科の授業の話をするなんて・・・
「シャボン玉液を作るときに、先生がお話になりましたでしょう?
液に洗濯のりを入れると、シャボン玉が丈夫になって、割れにくくなるって」
「そ、そう言えば・・・」
グルーさんに固められたバブルは、なんだかさらに気配が強くなったようだ。
「ふたりとも下がって!」
ママはあたしたちの前に立つと、カードさんを取り出した。
「アロー!」
アローさんは、バブルめがけて何百本もの矢を射った。
けれど・・・
「矢がはじかれとる!」
アローさんの矢は、バブルを割るどころか、はじかれてしまったんだ。
「って、あたしのグルーさんで、バブルが丈夫になっちゃったから?!」
「そうみたいやな」
そうしているうちに、バブルの気配がますます強くなってきた。
「とにかく、ここは逃げるんや!」
あたしたちは走り出した。
「「ほぇ〜っ!」」
「ほぇ〜っ!アローがだめだなんてぇ!」
ママは泣き出しそうだ。
「ママのバブルさんは、アローさんで封印したの?」
「そうよ。でも、アローがだめとなると・・・どーしよー、小狼くぅん!」
あたしたちの後を、バブルが追ってくる。
「なんとかしないと、学校中、泡だらけになりよるでぇ!」
(みんなで)「ほぇ〜っ!」
あたしたちは、校庭に逃げ出した。あたしたちを追って、バブルも校庭に流れ出てきた。

「すみれ、なんとかして、全部の泡を割るんや。そうしないと、バブルは封印できん」
「って、どうすれば・・・」
あたしは、思わず知美ちゃんに聞いた。
「すみれちゃん、今日の理科の授業を思い出してください」
「ほぇ?」
「今日の授業で、シャボン玉が割れる理由を、先生がお話になられましたでしょう?」
「はう!」
あたしはまた固まった。あの時、カードの気配が気になって、授業をほとんど聞いていないんだ。
「ごめん、知美ちゃん、よく聞いていなかったんだ。言ってくれない?」
「まず、ほこりやちりがついて、膜が薄くなってしまった場合ですわ」
「だめだよ。アローさんでも割れないんだよ」
「次は、水分が蒸発して膜が作れなくなった場合ですわ」
「それなら、ファイアリーさんを使えば・・・ううん、だめだよ。学校が燃えちゃう」
「3つめは、重力で液が下に溜まってシャボン玉の上の部分が薄くなる場合ですわ」
「そんなぁ、重力をコントロールするカードなんて持っていないよ。
・・・でも、そうだ、ママ、あのカードさんなら!」
「ビッグ!」
ママがビッグさんを使うと、バブルの泡はあっという間に大きくなった。
「「ほぇ〜っ!」」
あたしたちは、息を飲み込んだ。
ひとつひとつの泡が5メートルにもなるかと思ったとき、

ぱしゃん!

みたいな音がして、泡がはじけた。
「やりましたわ、すみれちゃん!」
「うん、大きくなりすぎて、自分の重みで壊れたんだ!」

ぱしゃん!ぱしゃん!

大きくなった泡は、次々と壊れていった。
「今や!封印や!」
「うん!」
あたしは、バブルに駆け寄った。
「汝のあるべき姿に戻れ、クロウ・カード!」
「すばらしいですわぁ!」
「知美ちゃんのおかげだよ。知美ちゃんが、シャボン玉の割れる理由を教えてくれたから封印できたんだよ」
「けど、すみれは最初、よりによってグルーを使いよったけどな」
「うっ・・・」
「学校の授業はちゃんと聞いておきましょうっていうことね」
「ママまで、そんなことを言わなくても」
「でも、封印できてよかったわ。さぁ、帰りましょう。冷蔵庫のゼリーも冷えている頃だし」
「わ〜い!」
あたしが喜ぶと
「さくら、あれ、まだ冷やしとる途中だったんか?」
ケロちゃんが不思議そうに言う。
「どうりで、ぬるくて味がいまいちやったんやな」
「味がいまいちって、ひょっとして・・・」
あたしがケロちゃんを問い詰めると
「腹が減っては戦はできんと言うやろ。出かける前に、わいが食べてしまったでぇ」
「ケロちゃんっ!」

「なんとか封印できたようですわね、エドワード」
「ああ、グルーを使ったときはだめかと思ったけど、さすがだね」
友枝小を見下ろすビルの上から、ケルベロスを問い詰めるすみれたちを見て、そのふたりは微笑んだ。

その次の日のこと。
「ただいま〜っ!お腹すいたぁ!」
あたしは、冷蔵庫に直行する。
昨日、あれだけケロちゃんに言ったから、今日こそはつまみ食いをしてないだろう。
けど、冷蔵庫の中を見ると
「ほぇ〜っ!あたしのおやつが、今日もない!!!」
あたしは、キッチンにいるママに
「ママ、ケロちゃんは?」
「今、お風呂よ。バブルのカードできれいにしてるわ」
「そう。お風呂中か。バブルのカードさんで・・・そうだ!」
あたしはバスルームに入っていった。真の姿のケロちゃんが、ママのバブルさんで洗われている。
「なんや、すみれ?わいは入浴中や。話があるんなら後で聞くで」
そんなケロちゃんに対して、あたしは
「バブル!」
あたしのバブルさんを使った。このカードさんで、ケロちゃんを懲らしめるんだ。
「すみれ、わいにバブルを使うなんて、何を考えとるんや?
って、これ、さくらのバブルとちゃうやないか?わ、こ、こそばゆい!
さくらのバブルと、洗い方が違って、くすぐっとるみたい・・や、わ、わわわわ!
こそばゆい!す、すみれ、助けてくれ!こそばゆくて、たまらん!カードを止めてくれ!」
「止めてもいいけど、もう、あたしのおやつをつまみ食いしないって、誓う?」
「ち、誓う!誓います!誓うから、はよ、カードを止めてくれ!止めてください!
すみれ様、堪忍してや!もう2度としませんから・・・わわわわ!堪忍してや、すみれ様!」


次回予告
最近、ご町内の林で変なことが起きているの。
秋になっても、木々が緑のままで紅葉にならないの。
これもクロウ・カードのしわざ?
そう思って、出かけたあたしたちの後ろから
ほぇ〜っ!
その黒いものはなに?!

カードキャプターさくらと小狼のこどもたち
すみれと知美の新しいおともだち

次回もすみれと一緒に
さくらと一緒に
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BUCK

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