第12話 すみれとこわ〜いお化けプリン

「♪にっちょく、にっちょく、にっちょくちょく。♪算数の宿題もなんとか終わったし〜、
ログを録って〜、お花かえ〜て〜、 みんなの机をきれいにしよう。
♪にっちょくにっちょく、私の・・・」
今日は、日直当番の日。早めに登校したあたしは教室で、思わず歌っていた。
その時、せきこむような音がした。ほぇ?そこにいるのは・・・
「お、おはよう、衛(ウェイ)くん・・・」
「・・・お、おはよう」
「聞いてた?」
スケジューラのログを録りながら、衛くんがこくんこくんと首をふった。
・・・そっか、今日の日直、衛くんとだったんだ。
なんて言ったらいいんだろう。
あたしは、なんだかはずかしかった。

その時、衛くんがケータイを取り出した。メールが着信したようだ。
「これは?」
衛くんはちょっとびっくりしている。
「どうしたの?」
「おばあちゃんからのメールだ・・・木之本さん、友枝フードファイトって知ってる?」
「うん、知ってるけど、どうしてそんなことを突然聞くの?」
「おばあちゃんが、出ることになったんだ」
「え〜っ!」

友枝フードファイトというのは、友枝テレビが主催する大食い大会のこと。
最近はいろいろな部門に分かれていて、大食いだけで優勝できるというわけでもないけど
それでも、あの張(チャン)教授ー衛くんのおばあちゃんのことなんだけどー
とフードファイトではイメージが違いすぎて、あたしはちょっと信じられなかった。
「おばあちゃん、何考えているんだろう?」
衛くんの頭におっきな汗が浮いている。
あたしの頭にもおっきな汗が浮いていた。
その時、あたしのケータイにもメールが着信した。
「ほ、ほぇ〜っ」
あたしは、びっくりした。
「ど、どうかしたの?木之本さん?」
「う、ううん、なんでもないよ。ただの迷惑メール」
あたしはそう言ってごまかした。こんなメールのこと、衛くんに言えないよ。

その時、
「いいわね〜。ふたりでメルアドの交換?先生、うらやましいなぁ」
教室に入ってきたのは神宮司先生だった。あたしたちがケータイを出していたから誤解したようだ。
「そ、そんなんじゃありません!」
「あわてなくてもいいのよ。クラスのみんなには黙っておくから。でも、日直はちゃんとやってね」
「で、ですから、そんなんじゃないんですっ!」
先生は、あたしたちを見てにっこり笑うと、今日の授業で使うスライドを教室のPCに
ダウンロードし始めた。

その日の夕方、すみれの部屋でケルベロスは熱くなっていた。
「よっしゃーっ。ここは、ケルベロス・スーパー・スペシャルやぁ!」
コントローラに力が入る。今まさに、ケルベロスの必殺技が炸裂しようとした時、

ぱたぱたぱた・・・

階段を駆け足で上がる音が聞こえたと思うと、ドアが乱暴に開けられた。
「いくでぇ!・・・なんや!?」
ケルベロスの身体がふっと浮いた。誰かに身体を持ち上げられたのだ。
「★иゞюЯ!」
突然のことでコントローラの操作ができない。ケルベロスのキャラはまともに攻撃を受けていた。
「せっかくのわいの必殺技が・・・なんすんねん!」
ケルベロスのプレイをジャマしたのは、すみれだった。
「ケロちゃんこそ、なにをしたの!」
すみれは、少し息を切らしていた。学校から走ってきたようだ。
「わいが、なんかしたんか?」
きょとんとしたケルベロスを机に置くと、すみれはケータイを取り出した。
「このメール、ケロちゃんでしょ!」
見せられたケータイの画面には、次の受信メールが表示されていた。

『友枝フードファイト参加確認メール:木之本ケルベロスさま宛て』

「確かにわいのや。すみれのケータイ借りて申し込んでおいたんや」
「どーして?ケロちゃんがフードファイトに出たら、大騒ぎになっちゃうよ」
「それは、大丈夫や!」
「大丈夫って、どーゆーこと?」
不思議がるあたしに、ケロちゃんは説明を始めた。

「何日か前、テレビでこれまでのフードファイトを振り返る番組をやっとったんや」

『さぁ、時間まであと10秒、月城選手、余裕で食べ続けています!」
『ええなぁ。雪うさぎは・・・うまいもんいっぱい食えて・・・』
『既にライバルは皆リタイア!後は月城選手が自己最高記録を突破するかが注目のまとです
3・2・1・ゼロ!タァイーム・アップ!
月城選手、今年も優勝です!自己最高記録には及ばなかったものの、
15分でキムチ1瓶を無事にたいらげましたぁ!』
『キャーッ!月城せんせぇー、ス・テ・キィー!』
『お聞きください!場内から、教え子たちの声援が飛び交っています!
どうですか、月城さん、今のお気持ちは?』
『え、とってもおいしいよ。このムルキムチ』
雪うさぎは、いつものようににっこりと笑って答えよった。ありゃ、ほんまに天然やな。
『では、優勝商品として、友枝商店街から数々の豪華賞品が送られます!』
『ええなぁ。うまいもんいっぱい食えて、おまけにうまいもんいっぱいもらえて。
わいも、フードファイト出たいー』
そう思っていた時や。
画面が切り替わって、今度のフードファイトの出場者募集コーナーになったんや。

『・・・今回のフードファイトからは、新しくロボペ(ロボットペット)部門が設けられることに
なりました』
『なんやと?!』
その説明に、わいはピーんと来た!ロボペの振りをするんなら、わいも出場できる!
『新企画のロボペ部門では、みなさんのご家庭のロボペの持つセンサーを生かした
フードファイトが行われます!優勝ロボペのブリーダーには、豪華商品として
スポンサーのごくまやからプリン100個が送られます!』
『こ、こぐまやのプリンやて!?これや、これこそわいのための企画や!』
『・・・以上、今年の友枝フードファイトに挑戦される方は、画面下の方法で
どしどしご応募ください!応募された方には、簡単な審査の上、友枝テレビから確認のメールを
送らせていただきます。では、皆さん、ご応募お待ちしていまーす!』
正直、わいは震えが止まらんかった。武者震いっていうんかいな。
『よっしゃーっ!これで、みんなを見返せるでぇ!これに優勝すれば、2度と小僧に
このケルベロス様を食い意地がはっているとか、言わせないですむんや!』

「ケロちゃん、優勝したら、みんな、ケロちゃんのことをもっと食い意地はってると思うよ・・・」
「うっ・・・とにかく!わいは早速応募することにしたんや!」

わいは部屋を見渡した。
『お、すみれのケータイが充電中や。これ、使わせてもらお』
そうして、わいはテレビ局のサイトから申しこんだんや。

「あ、それであたしのケータイにメールが来たのね!」
「そうゆうことやな」

「ケロちゃん、でもだめだよ、フードファイトに参加するなんて」
「なんでや」
「やっぱり、ケロちゃんだもん。何か騒ぎを起こすに決まってる」
「すみれ、今、わいの話をようく聞いていなかったんか?」
「どうゆうこと?」
「わいが、優勝すればなにがもらえるん?」
「こぐまやのプリンが100個・・・こぐまやのプリン!?」
「そうや!」
こぐまやのプリンは、あたしもケロちゃんも大好物なんだ。
「わいが優勝すればプリンがぎょうさんもらえる。ケータイ使わせてもろうたから
すみれといっしょに食べよ思ってたけど、すみれがフードファイト出たらあかん言うんなら、
プリンはあきらめるしかないんかなぁ〜」
それを言われて、あたしも考え直した。
ケロちゃんの食べっぷりなら、確かにフードファイトで優勝できるかもしれない。
「わかった。ケロちゃん、あたしのケータイを勝手に使ったことは許してあげる。
そのかわり約束して。フードファイトでは、ずぇーったいロボペの振りしてね。
空を飛んだり、魔法を使ったりしないって約束して。そしたら、あたしがケロちゃんの
ブリーダーになって会場に行くから」
「約束する。空も飛ばんし、魔法も使わん。ふたりで優勝してこぐまやのプリン、ゲットしような!」
「うん!」
「ところで、すみれ、もうひとつ相談がある」
「なに?」
「フードファイトにわいが出場すること、さくらや小僧には黙っておいてくれんか?」
「どーして?」
「わいが何か騒ぎを起こすに決まってるとかいうて、絶対反対するに決まっておる。
特に、小僧のやつ、ナイスで小粋なわいの活躍に嫉妬するよってな」
「・・・」
あたしの頭におっきな汗が浮いた。嫉妬はしない・・・と思う。
けど、きっと反対するだろうな。
「わかった。このことは、ママやパパに言わない。
あたし、ケロちゃんのこと信じてるし、こぐまやのプリンも欲しいもん!」
「わかってくれたかぁ〜。それでこそ、さすが、カードキャプターすみれや!」
「・・・えへ、そうかな?」
「・・・すみれ、ここですみれがぼけて、どうすんねん?ここはつっこむところやで!」

そんなふたりの漫才にもかかわらず、ケルベロスの出場は次の朝にはばれてしまったのであった。


ピピピピピ・・・
「あふぅ。もう朝かぁ。ほぇ?ケロちゃん?」
あたしはまわりを見渡した。いつも、そばで寝ているケロちゃんがいない。
「いた、いた。ケロちゃん・・・ねぼけてるよぉ・・・」
アニメで見るような、大きな鼻ちょうちんをしながらケロちゃんは宙に浮いていた。
なにやら、寝言を言っている。とっても気持ちよさそうだ。
あたしは、カードさんたちにあいさつをして制服に着替えると龍平の部屋に行く。
「おそよー!朝だよ!」
龍平はあいかわらずだ。
「起きなさ〜い!」
あたしは、龍平のベッドからふとんをはぎとる。
「ゞ☆Ъ※・・・おねえちゃん・・・おはよう」

「そろそろ、すみれちゃんと龍くんが降りてくるころね」
ちょうど、朝食の準備ができたようだ。さくらは、まず、小狼の分を取り分ける。
「できたよー、小狼くん!」
「ああ」
小狼の前にお粥と油条(ヨウテャオ。お粥といっしょに食べる揚げパンみたいなもの)が置かれる。
「今日のお粥、自信あるんだ」
そう言って、さくらは小狼の顔をのぞきこもうとした。
すると、突然、目の前に不思議な物体が・・・
「「ほぇ〜っ!」」
さくらと小狼はのけぞった!

「・・・むにゃ、むにゃ・・・すみれ、やったでぇ!わいが優勝や!」
ふたりのジャマをしたのは、ねぼけたケルベロスだった。
「ケ、ケロちゃん・・・」
宙に浮いたまま、すみれの部屋からダイニングまで降りてきたのだ。
「・・・これで、こぐまやのプリン100個はわいらのもんや!
すみれ、わいを信じてフードファイトに出てよかったやろ・・・」
あまりにも説明的な寝言が続く。
その時、
「おはよう・・・あーっ!、ケロちゃん!」
2階からすみれと龍平が降りてきたのだ。
「すみれちゃん、どうゆうこと?!ケロちゃんとフードファイトに出るなんて!」
ケルベロスの寝言を聞いてしまったさくらがすみれを問い詰める。

「ほぇ〜っ!ママとパパにばれちゃったよぉ〜!」

あたしは、あわてて説明する。
「ケロちゃん、いつも雪兎おじさんが活躍しているから、自分も出たいって思っていたんだよ。
それに、空を飛んだり、魔法を使わないって約束してくれたし、あたしがずっと付き添うから、
フードファイトに出てもいいでしょ?」
ママは困っている様子だ。
「でもね、ケロちゃんのことだから、きっと騒ぎを起こすに決まっているよ・・・」
そして、パパの方を向いた。
「どうしよう、小狼くん・・・ほぇ?」
見ると、パパと目が覚めたケロちゃんがいつもと同じようなやりとりをしていた。
「フードファイトに出場するとは、ほんと、食い意地はってるな」
「なんやと!わいは、食いもんに対していつも真剣勝負なんや!」
「ぬいぐるみ」
「なんやと、もう言ってみぃ、小僧!」
「あぁ、何度でも言ってやる。ぬいぐるみ、ぬいぐるみ!」
ふたりの間に、本当に火花が散っている。まずい・・・
すると、ケロちゃんはにやりと笑って言った。
「ははぁ〜ん。さては、小僧、わいのことを嫉妬しとるな?」
「なんだと?」
「この封印の獣、ケルベロスさまのナイスで小粋な活躍に嫉妬しとるんやな?」
「な、なにを?」
「そうやないか。もし、わいがフードファイトで優勝してみぃ。わいの人気は急上昇や。
それを嫉妬して、わいの出場に反対しておるんやろ?」
「し、嫉妬なんかしていない!」
「ほぅ。じゃ、なんで反対しよる?」
「う・・・勝手にしろ!」
「パパ・・・」
「小狼くん・・・」
あたしとママの頭におっきな汗が浮いていた。こんなに簡単に言いくるめられるなんて・・・
とにかく、パパは反対できなくなったようだ。
「しょうがないわね・・・ケロちゃん、本当に騒ぎを起こさないって約束できる?」
ママがケロちゃんに質問する。
「おう!」
「空を飛んだり、魔法を使わないって約束できる?」
「おう!すみれと約束したんや。絶対に空を飛んだり、魔法を使ったりしない!」
「そっか。すみれちゃん、フードファイトっていつなの?」
「えっと、予選は今度の日曜日だよ」
「それなら、ママもいっしょに行けるわね。小狼くんのOKも出たし、ママもいっしょならいいわ」
「ほんとう?!ありがとう!ママ!」
「恩に着るでぇ、さくらさま!」
あたしとケロちゃんはママに抱きついた。
「・・・ママ」
「なに、龍くん?」
「朝ごはんは?」
「いっけないーい!遅刻しちゃうね!今、出すからね!」

こうして、いつものように(いつもよりはちょっとあわただしいけど)朝ごはんが始まった。

そして、いよいよ予選が行われる日になった。
あたしとママ、ケロちゃんは会場になっている友枝ホールに向かっていた。
今日はパパは香港だし、龍平は桃矢おじさんのところに行っている。
「でも、ママ、なんで、今日はかすみちゃんになってるの?」
ママはカードを集めていたころの姿になっていた。
こんな時は『ママ』と呼ぶのもヘンだし、『かすみちゃん』と呼ぶのもヘンだと思う。
「木之本さくらでは、チケットが当たらなかったの。あたったのは、かすみで応募した方だけ」
出場者以外の観覧チケットは、抽選なんだ。
「今年も雪兎さん、きっと優勝だろうなぁ」
ママはとっても楽しそうだ。
「それに、今年は、木之本家からも出場者がいるし」
「おう!がんばるでぇ!」
ケロちゃんが、あたしのたまごリュックからひょいと顔を出して答える。
「この、封印の獣、ケルベロスさまにかかれば、フードファイトなんてちょろいもんや!」
「がんばってね。けど、ぜったい、魔法を使っちゃだめよ」
「おう!」

その時
「木之本さ〜ん」
とあたしを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、衛(ウェイ)くんだ。それに張(チャン)教授もいっしょだ!」
そうだ、張教授もフードファイトに参加するんだった。
「おはよう!」
あたしは、思いっきり手を振ってあいさつした。

「おはようございます。すみれちゃんもフードファイトに出るの?」
張(チャン)教授がやさしくあいさつしてくれた。
「い、いえ、あたしじゃないです。ケロちゃんが」
「ケロちゃん?」
「ロボペです」
ケロちゃんは、あたしのたまごリュックでロボペのふりをしている。
「見たことのないタイプですわね」
「パパが香港で買ってきてくれたんです。日本には無い、珍しいタイプなんだそうです」
あたしはなんとかごまかした。
「おはよう!」
ママが衛(ウェイ)くんにあいさつする。
「お、おはよう」
衛くんは、顔を真っ赤にしてあいさつを返す。
「ほぇ?」
ママがきょとんとする。
「きょ、今日はおばあちゃんが、フ、フードファイトに出るんだ。それで」
衛くんはしどろもどろになって話した。
「そうなんだ!がんばってください!」
「ありがとう。月城さんにはかなわないと思いますけど、がんばりますわ」
そう答える張教授のそばで、衛くんは顔を真っ赤にしていた。

もう!

「まぁ、まぁ、まぁ!」
「どうしたの?知美ちゃん?」
望遠撮影している知美に声をかけたのは、雪兎だった。
ふたりは、会場の入り口ですみれたちと待ち合わせしていたのだった。
「これは、お約束な展開ですわぁ〜。少女漫画にありがちな、この設定!
母もどんなに喜ぶことでしょう・・・」
うっとりしている知美に、雪兎は、もう一度声をかけた。
「ほら、すみれちゃんに、さくら・・・じゃなかった、かすみちゃん、それに張教授と
エドワードくんだ。今年は、みんなでいっぱい食べられるといいね」

「おはようございます」
「おはようございます」
みんなであいさつする。
「今日は、木之本助教授がおられなくて、残念ですわね」
と、張教授が雪兎おじさんに聞いた。
「桃矢は、今日発掘ですから」
「おにい・・・じゃなかった、パパは『どーせ、雪兎が優勝するに決まってる』って言って
毎年、決勝戦の日しか応援に来ないんです」
ママが、そう付け加えた。
「そうなんですか」
「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
雪兎おじさんがそう言うと、あたしたちは、みんなで友枝ホールに入っていった。

出場登録を終えて会場に入ると、もう人でいっぱいだった。
最初にあるのが、今年から始まったロボペ部門の予選。
「がんばってね」
「はい、月城おじさんと張教授もがんばってください」
あたしは、そう言って会場に向かう。
「ゼッケンは28番や。すみれ、28番のところにすわるんやで」
「わかってる。ケロちゃん、ロボペらしくしててね」
「おう!いっしょに優勝しような!」
たまごリュックから、ケロちゃんが答える。
「ここが、28番ね」
あたしは、28番と書かれた机に見つけた。
たまごリュックをおろして、ケロちゃんを机の上に置く。
「むむむ・・・」
「静かにして。まだスイッチ入れていないことになっているんだから」
そう言うと、ケロちゃんはぐったりとしたふりをする。
まわりを見回すと、他のブリーダーも席についている。
「・・・ロボペって、いろんなのがあるんだ」
ボディが金属や樹脂でできていて、いかにもロボットらしいものや、ぬいぐるみのようなものまで
いろいろ。人型もあれば、動物やアメーバみたいなのもある。

「木之本ケルベロスさんですね?」
「あ、はい!」
突然、声をかけられて、あたしはあわてた。
TV局の人だ。カメラとマイクがあたしたちに向けられていた。

「どや、かっこええやろ!」
ケロちゃんがポーズをとる。
「あわわわ・・・ケロちゃん!」
思わず、あたしはケロちゃんを隠すようにして抱き抱えた。
「・・・今、スイッチを入れました?」
スタッフの人がちょっと驚いて聞く。
「芸人モードにしてましたから・・・」
あたしは、思わずごまかした。
「そうですか。それにしても珍しいタイプですね。私もロボペには詳しい方なんですが」
「日本にはないタイプです。パパが香港の信和中心で買ってきてくれたんです」

どーしよー。言い訳がどんどん苦しまぎれになるよぉ。

やがて、ブリーダーたちへのインタビューが終わると、いよいよ予選の時間が近づいてきた。
スタッフの人が、みんなに何かを配っている。
「おっ!うまそうやないか!」
「ケロちゃん、ロボペ、ロボペのふりだよ」
思わず食べそうになるケロちゃんをあわてて、止める。
目の前に置かれたのは、4つのおまんじゅうだった。
「すみれ・・・」
ケロちゃんが小さな声で、あたしに言った。
「第1回戦は楽勝や。まんじゅう4個やなんて、一瞬でぺロリやで」
「そうだね」
あたしもささやくように答えた。ケロちゃんのテンションが上がっていくのがわかる。

そのころ、観客席には知美とさくらがいた。
雪兎や張たちは、出場者とその付き添いなので、別のところにいる。
「ケロちゃんさん、はりきっていますわね」
ビデオを撮影しながら、知美が言う。
「うん、ケロちゃん、本当に張り切っていたもん」
その隣で、さくらが答える。
「でも、さくらさん、おまんじゅう4つなんて、フードファイトにしては少なすぎると思いません?」
「そう言えば、そうね・・・」
ふたりは、顔を見合わせた。

「それでは、競技方法を説明します」
司会者の声が場内に響いた。
「挑戦者の前には、くまやの芋あんまんじゅうが4つずつ置かれています。
この4つは、それぞれ製造時間が6時間ずつ、ずらしてあります。
第1回戦は、ロボペの持てるセンサーを活用して、3分以内に最も製造時間の古いまんじゅうを
見つけてください。ブリーダーの方々には、ロボペのセットアップアップタイムとして、
5分間が与えられます。この5分の間に、プログラムをセットしてください。
競技が始まったら、ブリーダーの方々はロボペにタッチすることはできません!
それでは、セットアップタイム開始まで・・・3・2・1・0!」
ピーッと言う音とともに、みんながあわただしくロボペのスイッチやコントローラを操作し始めた。

「ケロちゃん、聞いた?」
「おう!がんばるでぇ!」
そう答えるケロちゃんの様子がおかしい。いつもケロちゃんじゃない。
おまんじゅうを目の前にして、あっちの世界に行ってしまったようだ。
「聞いて、ケロちゃん!早食いや大食いじゃなくて、一番古いおまんじゅうを見つけるんだよ」
「おう!まんじゅう4個なんて、ぺロリやで!」
「あや〜聞いてないよぉ」
あせるあたしは、スタッフの人に見つめられているのに気が付いた。
スイッチを押したり、コントローラを使わないのが不思議らしい。
「あわわ・・・これ、音声認識なんです。パパが香港の信和中心で買ってきてくれたんです・・・」

ほぇ〜、言い訳が苦しいよぉ!

ブーッ

ブザーが鳴った。
「セットアップタイムは、後30秒です。ブリーダーの皆さん、お急ぎください!」
司会者の声が会場に響く。
他のブリーダーは、ロボペのセットアップに一生懸命なんだけど・・・
「まんじゅう、まんじゅうや」
「ケロちゃん、まだ、まだだよ」
あたしは、今にもおまんじゅうに飛びかかろうとするケロちゃんを止めるので必死だった。
「後5秒です!」
その声とともに、やっとカウントダウンが始まった。
「・・・4・・・3・・・2・・・1・・・スタート!」
「やるでぇ!」
同時にあたしの手を振りほどいて、ケロちゃんがおまんじゅうに飛びかかった。そして
「あぐっ」
という声(?)と同時に、おまんじゅうを飲み込んでしまった!
「・・・すごい・・・」
あたしが、驚いていると、ケロちゃんはそのまま2つめのおまんじゅうに飛びかかる。
「あぐっ」
今度も、おまんじゅうを飲み込んでしまった。
そのまま、あっという間に4つのおまんじゅうをたいらげてしまう。

「ケロちゃん・・・」
「ケロちゃんさん・・・」
観客席では、その様子から見ていたさくらと知美の頭に、大きな汗が浮いていた。

しぃーはー

「ケロちゃん、そのつまようじ、どこから持ってきたのよ?」
4つのおまんじゅうを食べ終わるまで、10秒はかからなかったと思う。
ケロちゃんは、ぷっくりとふくらんだお腹をさすりながら、つまようじをくわえている。
そして、あたしの方をちらりと見ると、親指を立てて勝利のポーズをとった。
「はう〜。大丈夫?一番古いおまんじゅうを見つけるんだよ・・・」
あたしがそう言っても、ケロちゃんは余裕の表情だ。
あたしは、ふと気が付いて、他のロボペの様子を見る。
ロボットタイプのものは、センサーをおまんじゅうに突き刺しているのがほとんどだ。
アメーバーみたいなのは、全身でおまんじゅうを包み込んで調べている。
人型や動物型のロボペは、おまんじゅうを食べているけれど、ほんの一口程度。
すっかり食べてしまったのは、ケロちゃんだけだった。

「後5秒です!・・・4・・・3・・・2・・・1・・・タイムアップ!」

また、司会者の声が会場に響き渡った。これからゼッケン1番のロボペから、
一番古いおまんじゅうを当てていくのだ。

「・・・残念でした!ハズレです!」
司会者のおおげさな声がする。
意外に、ロボペのセンサーで古いおまんじゅうを見つけるのは難しいらしい。
当てたのは、3番、9番、14番、20番、21番・・・

ケロちゃんの番が近づいてきた。

「なかなか当たらないものですわね・・・」
ビデオを撮影しながら、知美がつぶやく。
「ひょっとして、ケロちゃん、当てるかもしれないよ」
「そうでしょうか?」
「ケロちゃん、ああ見えても、意外にグルメなんだよ。
一気に食べちゃったけど、一番古いおまんじゅうも、ちゃんとわかっているよ、きっと」

だが、そんなさくらの根拠のない期待も、まもなく裏切られた。

「・・・28番、木之本ケルベロスさんですね?」
「おうよ!」
ケロちゃんが、大きな声で答える。司会者がびっくりすると、あたしはあわてて
「ケロちゃんは音声認識できますから。パパが香港の信和中心で買ってきてくれたんです!」
と、フォローした。
「・・・わかりました。
では、4つのまんじゅうのうち、一番製造時間が古いまんじゅうはどれですか?」
「うまかったでぇ」
「はぁ?」
ケロちゃんの答えに、司会者の目が点になった。
「4つともうまかったでぇ!」
「はぁ?一番古いまんじゅうを聞いているのですが?」
「そんなもん、うまかったらどうでもええやんか!」

ほぇ〜っ!最悪の展開だよぉ!

「あわわわわ!」
むぎゅ〜っ!
あたしは、ケロちゃんをつかまえると、たまごリュックに投げ入れた。
「ご、ごめんなさい!故障なんです!芸人モードがリセットできないんです!
これ、パパが香港の信和中心で買ってきてくれたんです・・・ははははは・・・」
あたしは、一生懸命笑ってごまかした。

「では、残念ながら、木之本ケルベロスさんは1回戦失格ということでよろしいですね?」
「・・・はい」
あたしは、たまごリュックを胸に抱いて、うなずくしかなかった。
(むぉ〜っ)
リュックの中では、ケロちゃんが暴れている。
「ケロちゃん、プリンはあきらめようね」
(むぉ、むぉ〜っ)

そのころ、観客席では
「・・・ケロちゃんって」
「・・・ケロちゃんさんって」
「・・・本当に食い意地がはってただけなのね・・・」
さくらと知美の頭に大きな汗が浮いていた。

「残念だったね、すみれちゃん」
雪兎おじさんが心配そうに、あたしの顔をのぞきこんだ。
「い、いいんです」
あたしは、たまごリュックをかかえて、首をふった。

結局、ケロちゃんは失格になって、こぐまやのプリンはあきらめることになってしまった。
「でも、雪兎おじさんは、すごいですね。今年も余裕で勝ち抜いてるんですね」
「今年も、とってもおいしかったからね」
相変わらずの調子で、雪兎おじさんは返事をしてくれる。
今日は、余裕で3回戦まで勝ち抜いたんだ。
このまま、来週の日曜日の準決勝と決勝戦に出場することになる。
「本当に、お強いですわ」
その隣で張(チャン)教授がうなずいている。
張教授は、1回戦は勝ち抜いた。
1回戦は、机の上に並べられた100個のティラミスの中から、マスカルポーネチーズを
使って作られた20個を見つけて食べれば、勝ちだったんだ。
そこで張教授はちゃんと味見して食べたんだけど、雪兎おじさんは
「クリームチーズを使ったティラミスも、とってもおいしいよ」
と、全部あっさりと食べ終えてしまって1回戦を通過してしまったんだ。
けれども、2回戦はダメだった。
お寿司の早食いで、わさびが苦手だったからだ。

「ですけど、参加賞はいただきましたから・・・」
張教授は、あたしたちにケーキボックスを見せてくれる。
「わぁ〜っ、おいしそう!」
中は、ぴよのレアチーズケーキだった。ここのケーキもおいしいんだ。
(むぉ、むぉ〜っ)
ケーキと聞いて、ケロちゃんがリュックの中で暴れている。
「ケロちゃん、静かにして!」
あたしは、あわててリュックを抱え込む。
「どうかしましたか、すみれちゃん?」
張教授が不思議そうに聞いてくる。
「な、なんでもありません。それより、本当においそうなケーキですね!」
「私とエドワードだけでは、多すぎますわ。
よかったら、みなさんでお茶会でもなさいません?私たちのマンションも近いですから」
「いいんですか?」
ママが張教授に確かめる。
「ええ、かすみちゃんもどうぞ」
「でも、きっとそのケーキだけでは、足りなくなりますよ」
「そ、そうですわね・・・」
ママと張教授の視線の先には、にこにこしている雪兎おじさんがいた。

「おばあちゃん・・・」
「・・・大丈夫です。他にもケーキやお菓子はありますから」
衛(ウェイ)くんと張教授の頭には、汗が浮いていた。

「・・・ごちそうさま。おいしいお茶とお菓子、ありがとうございました」
「どういたしまして。また、みなさんでいらっしゃい」
「はい!」
あたしたちはお茶会を終えて、衛(ウェイ)くんのマンションを出た。
「張(チャン)教授の入れてくれるお茶って、本当においしいね」
あたしがそう言うと、ママは
「さすがイギリスって感じよね。
すみれちゃん、今度、張教授に教わった方法で紅茶を入れるから」
「わーいっ、楽しみ!」

「本当においしいお茶とお菓子だったね。知美ちゃんも楽しそうで、本当に良かった」
雪兎のことばに、
「ええ、本当に楽しかったですわ」
知美もにっこりと笑って答える。けれども知美の頭の中にはお茶やお菓子のことはまったく無かった。
(さくらさんを見て赤くなる衛くん、そんな衛くんを見てきょとんとする、ふんわりさくらさん、
そしてさくらさんと衛くんを見てどうしても意識してしまうすみれちゃん、
これは、少女漫画のお約束ですわ〜っ)
「知美ちゃん、なに、目をキラキラさせてるの?」
「な、なんでもありませんわ。母も喜んでくれると思います!」
「え?」
きょとんとする雪兎だった。

そんなすみれたちを、窓から見つめるふたりがいた。
「楽しかった?」
「ええ、とっても。フードファイトに出場したり、さくらさんに紅茶の入れ方をお教えしたり・・・
こんな経験、本当はできないはずですから」
「そうだね。ぼくも楽しかったよ。特に、あの気配」
「そうですわね・・・あんなに食欲に満ち満ちた気配は初めてです。とってもこっけいでしたわ。
そこに、エドワードがありったけのケーキやお菓子を出して、みなさんに勧めるものですから」
「すみれさんのリュックから、ケーキを食べたいというケルベロスの強烈な気配がしてたから、
ついつい、悪乗りしちゃったんだよ。ケルベロスの気配がどんどん強くなるのがおもしろかったね」
「エドワード、ひょっとして?」
「なに?」
「これから起こることを考えて、そのようなことを?」
「まさか。ぼくは、クロウ・リードのように完璧じゃない。本当におもしろかったんだよ。
でも、言われて気が付いたけど、確かにこれから起こることを考えると、好都合だったよね」
ふたりは互いの顔を見て、くすっと笑った。

「ええなぁ、ええなぁ!みんな、うまいもんぎょうさん食えて!」
「ケロちゃん!」
あたしのたまごリュックから、ケロちゃんが顔を出した。ものすごい剣幕だ。
「わいがロボペのふりをせにゃならんことをいいことに、みんなでうまいもん食いよって!
ぴよのレアチーズケーキやろ、ぽぷりのチョコレートケーキやろ、
マスダのガトーショコラやろ・・・」
ケロちゃんは、お茶会であたしたちがいただいたケーキやお菓子を次々と数え上げる。
あたしは、その記憶力にびっくりしていた。
「仕方ないでしょう。張教授に魔力のことを知られるわけにいかないし・・・」
ママがなだめるけど、ケロちゃんはおさまらない。
「こぐまやのプリンは、わいのもんになるはずだったんや!
さくら、いつもわいが言ってるやろ?わいは食いモンに対して、いつも真剣勝負なんや!
この恨み、ずぇーったいはらしたる!わいの思いが、いや、怨念が、
たとえプリンの『お化け』になって化けて出ようとも!」
「・・・なんでそうなるの?」
あたしの頭におっきな汗が浮いた。
このままではいけない。ママと相談してケロちゃんをなだめないと、と思って
「ママ、どうかしたの?」
「・・・」
ママの顔が青い。
「・・・お・化・け・な・ん・て・い・わ・な・い・で・・・」
まずい!ママはこわがりで、お化けとか幽霊とかいうことばに弱いんだ。
その時、
「すみれちゃん、あれを見てください!」
知美ちゃんの声がした。
「あ、あれは?」
知美ちゃんが指差す方向に光の点が浮いた。
みるみるうちにその光が大きく広がったと思うと、その中から何か黄色いものが浮き出てきた。
「ほぇ〜っ!お化けだよぉ!幽霊だよぉ!」
ママがパニックになっている。
「そ、そんな・・・」
あたしは信じられなかった。
「知美ちゃん、あれってやっぱり・・・」
「わたしにも見えますわ。あれは」
「プリンや!ごっつうでかい『お化け』プリンや!わいの怨念が『お化け』になったんや!」
ケロちゃんのとどめのことばに、ママが徹底的にパニックになる。
「ほぇ〜〜っ!こわいよぉ〜っ!」
そして、雪兎おじさんはというと
「雪兎おじさん、どうしたんですか!」
突然、雪兎おじさんが立ち止まったかと思うと、そのからだが光に包まれた。
「ユエさん!」
雪兎おじさんの姿が羽に包まれると、ユエさんの姿が現れた。
そして翼を広げると、お化けプリンの方に向かって飛び立った。

「クロウ!どうして、こんなところに?!」

ユエさんが飛び立つと、お化けプリンも、ものすごいスピードで空に飛び立った。
「ユエさん!」
「クロウ!待ってくれ!」
あたしの声は、ユエさんには聞こえていないようだ。
プリンとユエさんは、そのまま空に飛んでいった。
「ママ、どうしよう・・・ほぇ?」
「ほぇ・・・ほぇ・・・っ」
ママは、まっ青になって、ほえほえ言っている。こうなったら・・・
「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、すみれが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」
あたしは、封印の杖を手にすると、フライのカードさんを取り出した。
「クロウの創りしカードよ。我が鍵に力を貸せ。
カードに宿りし魔力を、この鍵に移し、我に力を!フライ!」
「知美ちゃん、ケロちゃん、ママをお願い!あたしは、プリンとユエさんを追うから」
「わかりましたわ!」
「わかった。まかせとけ!こうなったら、プリンよりさくらの方が大切や!」

あたしは、プリンとユエさんを追いかけた。
「ユエさん!」

プリンとユエさんは、ものすごいスピードで空中を移動していた。
不規則なコースで飛ぶプリンをユエさんが追いかけていく。
あたしとふたり(?)との距離は全然縮まらなかった。
ユエさんは必死でプリンを追いかけている。
そして、プリンに向かって叫んでいる。
「クロウ、待ってくれ!」
「ユエさん、落ち着いてください!」
あたしは、何回も叫んだけれど、ユエさんには聞こえていない。
プリン、ユエさん、そしてあたし。3人(?)の追いかけっこが続いた。

その時、
「これは?」
なにか別の気配がした。強力な魔力の気配だ。
「上のほうだ」
何か人のようなものが下りてくる。ユエさんもそれに気づいて、空中に停止した。
そして、その人はユエさんの前に下りてきた。そしてユエさんになにか話しかけている。
ユエさんは、その人を見てだまったままだ。
「落ち着くんだ、ユエ」
ユエさんに追いついて、あたしにもその人の声が聞き取れた。
「クロウ・リードはもう死んだんだ。死んだ者が生き返ることは決してない」
「あなたは・・・」
ユエさんに話しかけているのは、エリオルおじさんだった。

「どうゆうこと?エリオルおじさんはイギリスにいるはずだけど・・・!」
あたしは、ユエさんの魔力が高まっていることに気が付いた。
エリオルおじさんに向かって、黙って右手を差し出している。
その右手に魔力が集中したかと思うと、てのひらの上に宝石のようなものができあがった。
「ユエさん、なにするの!?」
「消えろ、偽者」
ユエさんが静かに、けれども鋭い声で言うと、その宝石のようなものがエリオルおじさんに
襲い掛かった。
「ユエ!」
エリオルおじさんの顔が恐怖にゆがむ。攻撃をよけられない。
「だめぇー!」
あたしは思わず叫んだ。その時、
「シールド!」
エリオルおじさんの身体がシールドに包まれた。そして、その後ろから現れたのは
「ママ!」
「ミラーさん、危ないめにあわせてしまってごめんなさい。さぁ、カードに戻って」
エリオルおじさんが1枚のカードに姿を変える。そしてもう1枚のカードもママの手元に戻る。
あたしはママのそばまで飛んでいった。
「ママ、どうしたの?今のエリオルおじさんは?」
「今のエリオル君は、フロートのカードに乗ったミラーさんだったの。
けれど、やっぱり、ユエさんはごまかせなかったわね」

「・・・どういうことだ?」
ママをにらみつけて、ユエさんが言った。

「落ち着いて、ユエさん。クロウさんは、もういないの」
ママがゆっくりと言葉を続ける。
「あなたが追いかけたのは、クロウさんの幻」
「うそだ」
「うそじゃないの。あなたが追いかけたのは、イリュージョンのカードなの」
「うそだ。あれは、あれは、確かにクロウだ!」
ユエさんが叫ぶ。
「ママ、イリュージョンのカードって?」
「その人が一番見たいもの、一番考えていることを映すカードなの」
「じゃ、あたしたちがお化けプリンを見たのは・・・」
「ケロちゃんが話していたから。ケロちゃんの話を聞いて、みんなプリンのことを考えていたの」
「それで・・・」
あたしは納得した。それで、プリンが見えたんだ。
「けれど、ユエさんは違う。ユエさんが一番見たいもの、一番考えていることはクロウさんなの」

「うそだ。うそだ。うそだ!」
ユエさんが再び叫ぶ。
「危ない、すみれちゃん!」
「きゃーっ!!!」
あたしは、突風のようなもので巻き上げられた。

「すみれちゃん!」
あたしの身体はママに受け止められた。
「ママ、今のは?」
「ユエさんの魔力。魔力のプレッシャーよ」
「ママは大丈夫なの?」
「大丈夫よ。ユエさんの魔法はママには効かないの。でも・・・危ない!」
再び、ユエさんの魔力があたしたちを襲う。
「シールド!」
あたしとママは、ママのシールドで守られた。
「まずいわね・・・ユエさん、魔力をコントロールできなくなっているわ」
「そんな!このままだと、どうなるの?」
「魔力が暴発して、ユエさんが壊れてしまう」
「そんな!なんとかしないと!」
「すみれちゃんは、危ないからここにいて。ママがなんとかするから」
ママは、あたしをシールドの中に置くと、ユエさんに向かって飛んで行った。

「ユエさん、落ち着いて!」
「黙れ!」
ママの声にユエさんが叫ぶ。
「あれは、あれは、確かにクロウだ!」
そして、ユエさんの身体から魔力が放出される。
「聞いて、ユエさん。このままだとあなたの魔力は暴発してしまうわ。
落ち着いて、わたしの話を聞いて!」
「うるさい!」
「ユエさん、どこに行くの!」

「どこにいるんだ、クロウ!」
ユエさんはママに背を向けると、ものすごいスピードで移動を始めた。
その後を、ママとあたしが追う。
その間も、ユエさんの身体からは不規則に魔力が放出される。
もしもママのシールドさんがなかったら、あたしはそのたびに吹き飛ばされていただろう。
「このままでは、ユエさんが危ないわ」
とうとうママはカードを取り出すと
「風よ、彼の者を捕らえよ。ウィンディ!」
けれども、ウィンディさんはユエさんをまったくつかまえられなかった。
まるで、コースを先読みされているみたいだ。その様子を見て、
「木々よ繁り、我の助けとなれ。ウッド!」
ママはウッドのカードさんも使う。
けれども、ユエさんはウィンディさんもウッドさんもすり抜けて行く。
「無駄だ。カードの動きは私にはわかる。私はカードたちが創られた時から知っている。
私よりカードを知るのは、クロウだけだ・・・」
「・・・ユエさん」
あたしには、ユエさんのことばの最後の方が涙ぐんでいるように聞こえた。
そうなんだ。ユエさんは、ママの持つカードさんたちの守護者としてクロウさんに作られたんだ。
だから、ママよりもカードさんたちについて知っているんだ。
でも・・・!

「すみれちゃん?!」

あたしは、封印の杖からフライさんを解くとカードさんを取り出した。
「縄よ、彼の者を捕らえよ。ロープ!」
カードから、ロープがユエさんに伸びていく。
「な、なんだ、このカードは!?」
ユエさんはロープさんに捕らえられる。
「やった!」
「・・・こ、こんなもの・・・うっ!」
「うっ!」
そして、あたしとユエさんは、同時にうめき声を上げた。
ユエさんの魔力が、あたしの中に流れ込んでくる。
「そうか!結婚式の時!」
思い出した。
ロープのカードさんは、封印した時、ミラーさんを動けなくして魔力も吸い取っていたんだ。
魔力を吸い取る・・・それもロープさんの力なんだ。
(まともに受けちゃだめ!魔力を化勁で流しきるんだ!)
あたしは、封印の杖を握りしめた。

やがて、ユエさんからの魔力が弱くなった。
「ユエさん、大丈夫?」
ユエさんが気を失っている。そして、
「ほ、ほぇ〜っ!」
気を失ったユエさんと、フライさんを使えないあたしは地上へと落ちていった。

「ほぇ〜っ・・・あや?」
ふっと、身体が軽くなった。落下スピードが急にゆっくりとなる。
「大丈夫、すみれちゃん?」
「・・・ママ」
見ると、あたしとユエさんは、それぞれフロートのカードさんに支えられていた。
ママはフロートさんを2枚持っているんだ。
「無茶ね。すみれちゃんのフライは、封印の杖に羽を生やすタイプなんだから、カードを使ったら
空を飛べなくなるのよ」
「うん、わかってる。でも、ユエさんをなんとかしなくちゃと思って・・・それに」
「それに?」
「ママがそばにいるから、フライさんを空で解いても、きっと大丈夫だと思っていた」
あたしの言葉を聞いたママは
「・・・ばか」
その時、あたしが言うのもおかしいんだけど、それにママはカードを集めていた頃に戻っていて
あたしと同い年ぐらいだったんだけど、ママはやっぱり『母親』の顔をしていた。

「ユエさん、すみれちゃんのカードのことは知らなかったみたいね」
「うん。あたしのカードさんは、ママのより前に創られていたって聞いているから、
ロープさんならユエさんにも動きが読まれずに、どうにかできるかなって思ったの」
「このまま、ペンギン公園に降りるわよ」
「うん」
ペンギン大王が大きく見えてくる。
「すみれちゃ〜ん、さくらさ〜ん、大丈夫ですか?」
そして、そのそばには、あたしたちにビデオカメラを向ける知美ちゃんがいた。

あたしたちは着陸すると、ロープさんの魔法を解いた。
フロートのカードさんを移動して、ユエさんをベンチに横たえる。
「ユエさん、大丈夫ですの?」
知美ちゃんがママに聞く。
「大丈夫。魔力を急激に失って、気を失っただけ。時間がたては回復するわ」
「それにしてもユエさんがこうなってしまうなんて、イリュージョンのカードさんって
強力なんですね」
知美ちゃんのことばに、ママはユエさんを見つめながら答えた。
「仕方ないよ。ユエさん、ほんとうにクロウさんのこと、大好きなんだから」

そして、あたしはあることに気がついた。
「ママ、ケロちゃんは?」
「イリュージョンのカードを追ってるわ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫よ。真の姿になって追っかけたから、きっとつかまえられるわ」
「そっか」
あたしが安心すると
「それは大変ですわ!」
「どうして、知美ちゃん?」
「ケロちゃんさんには、イリュージョンのカードが巨大プリンに見えています。
封印どころか、カードを食べてしまわれるのでは・・・」
「「そ、それは・・・ありそう」」
あたしとママの頭におっきな汗が浮いた。

「ママ、あたし、ケロちゃんを探してくる。カードさんを食べられたら大変だもん!」
あたしが、フライさんをもう1度使おうとすると
「その必要はなさそうですわ」
「どうして、知美ちゃん?」
「プリンとケロちゃんが、あそこに」
知美ちゃんが指差す方を見ると
「待てぇ〜!わいのプリン〜!」
真の姿になったケロちゃんがお化けプリン、じゃなかったイリュージョンのカードを追っかけていた。
「つーかまえたっ♪!」
ケロちゃんがプリンをつかまえた、というよりひしっと抱きついた。
「うまそうやなぁ、こないな大きいプリンは初めてや!」
「ケ、ケロちゃん、食べないでぇ!」
あたしたちが叫ぶ。
同時に、ジィーっという壊れたテレビのような音をして、プリンの姿が万華鏡のようなパターンになる。
「なんや、正体、現しよったか」
ケロちゃんはそう言うと、カードさんを抱えたまま、あたしたちの所まで降りてきた。
「お遊びは、もう終わりや。すみれ、封印や」
「うん、汝のあるべき姿に戻れ!クロウ・カード!」

こうして、あたしはイリュージョンのカードさんを封印することができたんだ。

「ケロちゃん、ひょっとして、プリンがイリュージョンのカードだってわかってたの?」
ママのことばに、ケロちゃんが答える。
「ああ、最初に現れた時からわかっとった」
「じゃ、どうして、カードだって言ってくれなかったの」
あたしの質問に、ケロちゃんが頭をかきながら答えた。
「同じ封印するなら、最後までプリンだと思ってた方が楽しいやろ?
そやから、わいはわざとカードの正体を言わんといて、プリンやと騒ぎたてたんや。けど・・・」
ベンチに横たわるユエさんを見て、ケロちゃんは言った。
「こいつには、そうはいかんかったな。
ユエのやつ、クロウに似て性格悪いんやけど、変なところがまっすぐなんや」
「・・・そうね」
ママとケロちゃんは、しばらくユエさんを見つめていた。

「やりました!月城選手、チャンピオン決定です!
今年の友枝フードファイトも、月城雪兎さんが優勝しました!月城さん、今のお気持ちをひとこと」
「え?とってもおいしいよ、このトムヤンクン」

決勝戦の日、あたしたちは友枝ホールまで雪兎おじさんの応援に来ていた。
「やっぱ、雪らしいよ」
あたしの隣で、桃矢おじさんがうれしそうに言った。
パパもママも優勝した雪兎おじさんに拍手をしている。
「今夜は、お祝いだね」
龍平もうれしそうだ。ただ、ケロちゃんだけは
「見とれ!来年こそは、わいのナイスで小粋な活躍を見せたるでぇ」
「だめだよ、ケロちゃん。また騒ぎを起こすに決まってるから」
あたしは今度は反対した。
「そんなことはない。来年こそ、この封印の獣、ケルベロス様がフードファイトのチャンピオンや!」
「ほんと、食い意地はってるな」
「なんやと!もういっぺん、言ってみぃ!わいは食いもんに対して、いつも真剣勝負なんや!」
パパとケロちゃんの、お約束のやりとりがまた始まった。
ふたりの声が大きいので、まわりの人があたしたちの方を見る。
「あわわ・・・」
(むぎゅ〜っ)
あたしは、ケロちゃんをたまごリュックに突っ込むと、
「ご、ごめんなさい!ロボペの故障なんです!芸人モードがリセットできないんです!
これ、パパが香港の信和中心で買ってきてくれたんです・・・ははははは・・・」
あたしは、一生懸命笑ってごまかした。

第12話 完

次回予告
ほぇ〜っ、冷蔵庫に、あたしのおやつがない!!!
友枝フードファイトで失格になってから、ケロちゃんのつまみ食いが止まらないの。
ママが言っても、ぜんぜん止めてくれないし・・・
そうだ、このカードを使ってケロちゃんを懲らしめちゃえ!

カードキャプターさくらと小狼のこどもたち
すみれと大きなシャボン玉

次回もすみれと一緒に
さくらと一緒に
封印解除(レリーズ)! >>NEXT

BUCK

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