第11話 すみれとドキドキマヨネーズ

「・・・これが、その時のニュース映像です」
「すっごーい」
まわりから、みんなの声が上がる。
映し出されたのは、山の斜面に墜落した大型旅客機の様子。
今日は、校外学習の日。ここ友枝防災センターでいろいろな災害についてのお話を聞いたり
シミュレーションを体験することになっているんだ。
今、お話しているのはうちのかかりつけのお医者さんの施麗芸(シー・ライワン)先生。
昔、香港国際空港のあるランタウ島で起きた、700人乗り飛行機の墜落事故(注:架空の事故です)
での出来事をみんなに特別授業で教えてくれているんだ。
「この時、私はインターンになったばかりでした。同僚と現場に駆けつけ、けが人の治療に
あたったのです」
この事故では、しぃ先生がけがを治すために魔法を使っているところを見られてしまって、
そのことを隠すために、夜蘭おばあさんが、いろいろと大変だったんだとパパが言っていた。
「この時、私たちが最初に行うことはなんでしょう?」
しぃ先生の質問に、あちこちから声が上がる。
「病院に運ぶ」
「お薬をあげる」
「はげます」
「みなさんのお答えは正しいと思います。でも、最初に行うことは区別することなのです」
しぃ先生は、大きな名札みたいなものをみんなに見せた。
下のほうが、4色のストライプになっている。
「なんですか?」
まわりから質問の声が上がった。

「これは、トリアージタグと言います。ここに、けが人の名前などを、
裏にはけがの場所を書き込みます。下の色は、けがの程度を示すものです。
1番下の緑色は、軽処置群 (Minor:Walking Wounded)、
つまり急いで治療を受けなくてもいい状態を示します。
2番目の黄色は、非緊急処置群 (Delayed:Serious Non Life Threating)、
処置・手術などが必要であるが、まだ時間がある状態を示します。
3番目の赤色は、緊急処置群 (Immediate:Life Threating Injury)
危険な状態ですが、比較的短時間に行える処置・手術で助かることを示します。
1番上の黒色は、不処置・非搬送群 (Morgue:Pulseless/No breathing)で
残念ながら亡くなった状態です。
最初にけが人を診た医者は、トリアージタグの下を切り取って、どのけが人を優先して
助けるのかを判断するのです」

こんなふうに、しぃ先生の特別授業は続いた。

「すごいんだぁ」
「僕も大きくなったら、お医者さんになろうかなぁ」
クラスの子達は、そんな会話をしている。あたしも、ちょっと感動してしまった。
健康診断や風邪をひいた時に、しぃ先生に診てもらうけど、あんな大事故で活躍していたなんて
ちょっと想像できなかったな。

「では、次は10時に、2階のAルームに集まってくださーい」
「知美ちゃん、次は何のコーナーだったかな?」
「確か、水害の体験コーナーですわ」

「ぬぉ!ぬおおおお!」
がんばっているのは、中国拳法部の顧問をしている、小見(おみ)先生だった。
全力でドアを押し開けようとしている。
「かつて悪魔将軍と呼ばれ、スレまで立てた俺が、これしきのことでぇぇぇ!」
けれど、ドアの反対側には水が50センチほども貯まっていた。
ここは洪水の時などで地下まで浸水したら、水圧で脱出できなくなることを体験するコーナーなんだ。
小見先生は、こーゆーコーナーは絶対にやらずにはいられないらしい。
そして、ますます本気になってドアを開けようとしている。
「こうなれば、超人プロレス時代の必殺技を使うしかない!」
小見先生が、ぱっとドアから下がる。よくわからないポーズをとって必殺技を繰り出そうとした時、

ぱちーん!

「い、痛ーい、何をするんですか!」
小見先生を後ろから思いっきりハリセンで殴ったのは、担任の神宮司先生だった。
「神宮司先生、ど、どこから、そんな大阪名物を?」
「そんなことはどーでもよろしい!」
「へ?」
「いいですか、小見先生。ここは、水圧のすごさを体験して防災に役立てるコーナーなのです。
ドアが開いてしまったら、教育にならないでしょ!」
「は、はい。わかりました」
「わかれば、よろしい!」
「・・・」
クラス中のみんなの頭におっきな汗が浮いていた。

がたん!
「きゃーっ・・・ですわぁ!」
知美ちゃんの叫び声があがる。
今、知美ちゃんが体験しているのは震度7の地震を体験するコーナー。
知美ちゃんは、床に固定されたいすにすわって、机のてすりに必死にしがみついている。
そして、その机の反対側では
「これしきの揺れ、かつての特訓に比べればちょろいわぁ!」
と、小見先生が、てすりからわざと手を離してバランスをとろうとしていた。
「せ、先生・・・」
クラス中のみんなの頭におっきな汗が浮く。
「まだまだぁ!」
見ていると小見先生は、いすの上に立ち上がろうとしている。
そこへ

ぱちーん!

神宮司先生のハリセンが、小見先生を地震コーナーからたたき出した。
「じ、神宮司先生、どこから私にハリセンを?」
床にたたきつけられた小見先生が神宮司先生を訴えるように言う。
「そんなことは、どーでもよろしい!」
「・・・はい」
「小見先生、ここは地震では普段のように行動できないことを体験するコーナーなのです!
バランスをとれたら、教育にならないでしょう!」
・・・神宮司先生って、すごい人だったんだ・・・あたしは、そう思った。

地震のコーナーの次は、火事のコーナーだ。
みんなは消防についてのビデオを見た後、初期消火の体験コーナーに移動していた。
「こ、今度こそ・・・!」
意気込んでコーナーに向かおうとする小見先生を襟を掴んで止めたのは、神宮司先生だった。
「小見先生、いい加減にしてください」
「神宮司先生、今度こそ私の必殺技で必ず初期消火を成功して・・・」
小見先生の声は、神宮司先生のハリセンを見ると小さくなっていった。
「今度の体験コーナーは、生徒に参加してもらいます。
そうね、木之本さん、お願いできないかしら?」
「あ、あたしですか?」
「先生も一緒に手伝うから。みんなも、何度も同じハリセンオチは見たくないでしょう?」
「はーい!」
先生の言葉に、みんなも賛成してくれた。
「そうと決まれば、木之本さん、先生といっしょに来てくれるかな」

あたしと神宮司先生は準備室に入って行った。
「すみません、私とこの子で次のコーナーを体験することになったのですが・・・」
先生がそう言うと職員さんがロッカーから何かを取り出してきた。
「まず、もしもの時のために、これを着てくださいね」
渡されたのは、耐火エプロン。先生も大人用のものを受け取った。
「それから、これね。ちょっと重いけど大丈夫よね?」
「あの、これって!?」
あたしは渡されたものを見てびっくりしてしまった。

あたしと神宮司先生がコーナーに行くと、もう始まっていた。
スタッフの人のお話にみんなが集中している。
「・・・と、いうわけで天ぷらを作っている時は、絶対にそばを離れないでください。
今、私の前にある天ぷら鍋の温度は180度です」
「天ぷらを揚げるのに、ぴったりの温度ですわね」
知世ちゃんの声がした。
「そうです。でも、このまま温度が上がってしまうと・・・」
「どうなるんですの?」
「あと5分ぐらいたって220度になると、白い煙が出てきます。
その段階なら、火を止めて、温度が下がれば火事になりません。
でも、350度ぐらいになると、油が発火してしまいます。
そうなったら、簡単には火は消えません」
「水をかけたら、だめですか?」
衛(ウェイ)くんの質問だ。
スタッフの人は、そらきたって感じで説明を始めた。
「天ぷら鍋の火事では、水をかけるのは絶対にだめです。
水は、油よりも重いため、油の下にたまってしまいます。その上・・・」
コーナーの壁に、ビデオを映し出された。
「油の熱で、水の温度が一気に上がって水蒸気になってしまい、爆発してしまうのです」
爆発のビデオを見たみんなから、「すごーい!」と言う声が上がった。
「せ、先生」
「なに、木之本さん?」
「あれを、あたしがこれで消すんですか?」
「そうよ。先生もそばにいるから、しっかりやってね」
「では、もし、天ぷら鍋に火がついてしまったら、何で消すのがいいのでしょうか?」
スタッフの人が、クラスのみんなに聞いた。
「消火器です!」
何人かが、すぐに答えた。
「そうです。でも、みなさんの家のキッチンに消火器はありますか?」
スタッフの人がそう聞くと、あちらこちらから「うちにはないよ」なんて話す声が聞こえてきた。
シナリオどおりだって表情をすると、スタッフの人はあたしと神宮司先生の方を見て言った。
「そんな場合は、みなさんのお友達が持っている、キッチンに必ずあるものを使えば
消すことができるのです!」
「木之本さん、みんなによく見えるように、両手で持って上に上げて」
「は、はい!」
先生に言われて、あたしは反射的に両手を上げた。
「う、うそー!それで消すのぉ?!」
みんなの反応は予想どおりだった。中には笑い出した子もいた。
「がんばってね。煙も多くなってきたし、そろそろ火が付く時間だから」
「・・・はい、先生・・・」
あたしは、業務用の特大マヨネーズを頭の上にして、みんなの視線をあびていた。

(がんばってください)
そんなすみれを見て、エドワードはつぶやいた。

まもなく、天ぷら鍋に引火した。
「あわてないで、ゆっくりとマヨネーズを入れてください」
スタッフの人はガスの元栓を止めながら、あたしに言った。
防火エプロンや手袋を身につけているから、燃えたりしないけど、やっぱりドキドキする。
思い切って、マヨネーズを鍋に入れる。
「ほぇ〜っ!」
あたしは、後ろに飛びのいた。いきなり、炎があがったからだ。
けれど、スタッフの人は慣れた感じで説明を続けた。
「熱でマヨネーズの容器が溶けると、中から出たマヨネーズのたんぱく質が膜を作って
酸素を遮断し、火が消えます。そろそろですね」
まもなく火が消えた。鍋の表面には膜ができている。
「マヨネーズで消火する場合は、量が少ないとだめなことがあります。えっ!?」
その時、鍋から消えたと思った火が、また上がった。
「ほぇ〜っ!」
あたしは、また後ろに飛びのいた。すると、プシューっという音がした。
すぐそばにいた神宮司先生が消火器を使ったのだ。火はすぐに消えた。
「大丈夫? 木之本さん」
「は、はい」
先生は、使い終わった消火器をくるくる回しながら言った。
「ほんと、先生もびっくりしたわ。毎年、校外学習でここに来るけど、こんなことになったのは
初めて。まるで、普通の火じゃないみたい」
「・・・普通の火じゃない・・・」
あたしは、先生の言葉を繰り返した。

初期消火の体験コーナーが終わった。
「じゃあ、次は外に出てください。他のクラスと合流して、最後に消防車の見学をします」
神宮司先生がそう言うと、みんなは移動を始めた。
あたしは、先生のところに行ってお願いした。
「どうしたの、木之本さん?」
「あの、今ので、飛び散ったマヨネーズが服に付いちゃったので、ちょっと洗って来たいんですが」
「それは大変。じゃ、パウダールームはあちらだから、急いでね」
「はい」

本当は服にマヨネーズなんて付いていない。
気になったことがあるからだ。それは、さっき先生が言った『普通の火じゃない』って言葉のせい。
自信はないけど、さっき消えたはずの火が燃えた時『気配』がしたような気がした。
みんなが出て行って部屋にいるのはあたしだけ。これなら、精神を集中できる。
そして・・・
(やっぱり、これは、クロウ・カードの気配だ!)
すると、気配が強くなってきた。
「!」
消火器の薬剤に埋もれたはずの天ぷら鍋から気配がする。
まもなく、薬剤が溶けると、中から炎が上がった。
そして、その炎が羽を生やした人のような形になった。
「あなたは・・・ファイアリー!?」

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の目の前に示せ。契約の下、すみれが命じる」
「封印解除!」
ファイアリーのカードは、杖を手にしたあたしを見て、笑ったようだった。

そのころ、他のみんなは防災センターの広場で消防車について見学していた。
「今日は友枝消防署のご好意で、抽選で2人がはしご車のはしごに乗れることになりました」
龍平のクラスの担任である、寺田利佳が説明する。
「入場券の番号を見てください。入場券の番号が抽選番号になっているのよ」
クラスのみんなが騒がしくなる。あわててポケットから入場券を出しているのだ。
「あたるといいなぁ」
「一度乗ってみたかったんだ」

ぱちーん!

そのそばでは、本能的にはしご車のはしごに駆け上ろうとした小見(おみ)を
ハリセンでたたきとばしている神宮司がいた。
「では、みなさん、いいですか?では、よろしくお願いします」
先ほどまで消防車の説明をしていた消防士が、寺田の隣に立った。
「発表します。はしご車に乗れるのは・・・8番!」
「僕、8番です」
手を上げたのは龍平だった。
「じゃあ、木之本くん、こちらに来てください」
先生の声に、龍平が前に出る。
「ふたりめは・・・13番!」
「あ、当たった!」
ふたりめの当選者はエドワードだった。
「じゃあ、衛くんもこちらにきてください」
「あの、先生」
「どうしたの、衛くん。せっかく当たったのに?」

エドワードは寺田理佳に言った。
「あの、僕、高いところが苦手なんです。それで、他の子に代わってもらいたくて・・・」
「そう、それは残念ね。でも、誰がいいかしら?」
「大道寺さんがいいと思います」
「どうして?」
「大道寺さんは、ビデオを持っていますから。はしごの上から撮ったビデオを後で
見せてもらえばいいと思います」
「それはいい考えね。大道寺さん、どうかしら?」
「衛くんが、そうおっしゃるのならわたしはかまいませんわ」
知美もOKする。
まわりからは「いいなぁ」「あたしも、龍くんとはしご乗りたい」というような声が上がる。
龍平は女の子に人気があるのだ。
「さぁ、龍くん、参りましょう」
知美は龍平をリードするように、はしご車のところに行く。
万一のことを考え、ヘルメットをかぶり、はしごから落ちないようにロープを付け、
消防士もひとり同乗する。
「それでは、みなさん、行ってまいりますわぁ!」
知美がビデオのスイッチを入れると同時に、鈍い音とともにはしごが上りだした。

(龍平くんのそばにいてあげてください。これから、たいへんですから)
伸びていくはしごを見ながら、エドワードはつぶやいた。

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、すみれが命じる」
「封印解除(レリーズ)!」

ファイアリーのカードは、杖を手にしたあたしを見て、笑ったようだった。
あたしには封印できっこないと思っているのに違いない。
以前、ケロちゃんが言っていたことを思い出した。
『ええか、すみれ。クロウ・カードには四大元素カードちゅうんがある。
ウィンディ、ウォーティ、ファイアリー、アーシーっちゅうのが四大元素カードや。
これらは高位カードで、使うのも封印するのも、大変なんやで』
ママがファイアリーを封印した時も、ウィンディとウォーティの2枚のカードさんを使って、
やっと封印できたんだって。
あたしはまだウォーティのカードさんを持っていない。
けれど・・・けれど・・・あたしは封印しなくちゃいけないんだ。
だって、あたしはカードキャプターだから。

「・・・なんとかなるよ。絶対、大丈夫だよ」
あたしは、ママの言葉を口にした。

ファイアリーは、余裕であたしの方を見ている。
攻撃はまだだけど、部屋の温度が上がっている。
まず、みんなにわからないようにしなくちゃ。
あたしはカードさんを取り出した。
「空間をつなげ、彼の者を閉じ込めよ、ループ!」
空間に閉じ込められたのを見て、ファイアリーは少し驚いたようだったけど、
あたしを見てにやりと笑うと、手のひらの上に火の玉を出した。
「あなただけだけど、お願い、がんばって!」
あたしは、ウィンディのカードさんを取り出した。
「風よ、戒めの鎖となれ、ウィンディ!」
同時にファイアリーの手から、火の玉があたしたちに襲い掛かった。

「龍くん、どうかなさいましたの?」
知美は、はしごの上で龍平の様子がおかしいことに気が付いた。
「気配がする」
「気配って、まさか?」
「おねえちゃん・・・」
龍平は、防災センターの建物の方を見た。

ファイアリーの力は一方的だった。
ウィンディーさんは、あたしに火がかからないようにするだけで精一杯だった。
ファイアリーの魔力がプレッシャーとなって、封印の杖を伝わってくる。
手がしびれて、杖を落としてしまいそうだ。
そうしている間にも、火の勢いはどんどん強くなっていく。
(やっぱり、ウォーティーのカードさんがいないと封印できない?!)
そんなあたしのあせりを見透かしたかのように、ファイアリーはにやりと笑うと、
さらに大きい火の玉を手のひらの上に出した。
(来る!)
大きな火の玉があたしにめがけて飛んできた。
「ウィンディ!」
ウィンディーさんが、あたしの目の前で盾になって、火の玉をまともに受けた。
「・・・さん!」
シューッという音とともに、ウィンディさんがその姿を崩してゆく。
そして、カードになって床に落ちていった。
すかさずファイアリーは、小さな火の玉をウィンディさんにめがけて投げつけた。
ウィンディさんが燃やされちゃう!
「だめーっ!!」
思わず、あたしはウィンディさんを守ろうと床をジャンプした。

「・・・うっ!」
あたしは床にジャンプした勢いで、反対側の壁に背中を打ちつけていた。
痛みをこらえながら自分の手を確かめる。
「よかった・・・」
手の中に、ウィンディのカードさんがあった。
「ありがとう、ウィンディさん・・・」
そんなあたしを見て、ファイアリーはあっけにとられていたようだけど
拝むようにして両手のひらを合わせると、ゆっくりと両腕を身体の前後に引き伸ばしだした。
手のひらの間には、火の弓矢ができている。
あれで、あたしを射るつもりなんだ。
どうしよう。ウィンディーさんじゃかなわない。
あたしは、封印の杖を握りなおすと立ち上がった。
「?」
その時、靴の下にぐにゃりとした感触がした。
「なに?」
見ると、それはさっきの消火実験でできた、マヨネーズの膜だった。

あたしは呪文を唱えだした。

「クロウの創りしカードよ。我が鍵に力を貸せ。
カードに宿りし魔力を、この鍵に移し、我に力を!サンド!グルー!」

『・・・中から出たマヨネーズのたんぱく質が膜を作って酸素を遮断し、火が消えます』
あたしは、さっきの実験で聞いた説明を思い出していた。
(酸素を遮断できれば・・・封印できる!)
ファイアリーの抵抗は強い。
あたしの身体にも、封印の杖を通じてファイアリーの抵抗が伝わってくる。
(サンドさん、グルーさん、ループさん、お願い!すみれといっしょにがんばって!)
あたしは歯をくいしばって、杖に力をこめ続けた。
サンドさんとグルーさんがファイアリーを包み込んで、酸素を遮断する。
ループさんが空間を縮めて、残りの酸素を減らしていく。

どれほど時間がたったのだろうか。
長い時間だったような気もするし、短い時間だったような気もする。
ふっと、封印の杖から感じる魔力の抵抗が消えた。
ファイアリーを包み込んだサンドさんとグルーさんから、弱々しい煙が立ち昇っている。

「汝のあるべき姿に戻れ、クロウ・カード!」

やっとの思いでファイアリーを封印した。いつの間にか部屋は元通りになっている。
「ありがとう、カードさんたち」
その時、あわただしい足音がして部屋のドアが乱暴に開けられた。
「木之本さん、まだここにいたのね!龍平くんが大変なの!早く来て!」
「神宮司先生、龍平がどうかしたんですか?!」

すみれがファイアリーを封印しようとしていた頃、はしご車のバスケット(人が乗るところ)では
龍平に異変が起きていた。
心配そうに防災センターの方を見ていた龍平が、突然、がくっとひざを折った。
「龍くん、どうしましたの?!」
「ね、眠い」
「大丈夫?しっかりしてください」
龍平はバスケットの手すりによりかかる。
「おい、大丈夫か?」
付き添っていた消防士も龍平の様子がおかしいことに気が付いた。
「彼、気分が悪くなったようです。はしごを降ろしてくださいませんか?」
「わかった」
知美の言葉に、消防士は連絡を取る。
伸び続けていたはしごが止まった。

・・・がくん。

「龍くん!」
はしごが止まったショックで、龍平の身体がバスケットから投げ出された。
ロープで止めていたはずなのに、手すりがあるはずなのに、それらをまるですり抜けたように
龍平の身体が宙に放り出されたのだ。

「いやーっ!!」

知美の絶叫がこだました。

「風華招来!」
その呪文とともに、落ちていく龍平は風に包まれた。
そして、その身体は、クラスのみんなから見えないところに軟着陸した。
「・・・大丈夫・・・ね」
最初に龍平に駆け寄ったのは施麗芸(シー・ライワン)だった。
魔力を使って龍平を助けたのだ。
「木之本ぉおおおおおおお!」
続いてダッシュしてきたのは、小見(おみ)だった。
「だいじょおおぶかぁあああ!」
熱血な呼びかけに、施が答える。
「奇跡です。生きています!多分、そこの植木にバウンドしたからでしょうね」
「そぉかぁああ!よかったぁあああ!」
施の答えに、小見は猛烈に感動する。
「木之本くん!」
「りゅ、龍くん!」
続いて、担任の寺田と知美が駆け寄ってきた。
知美は、龍平の身体に抱きついて泣き続ける。
「大丈夫よ。手当ては必要だけど、龍くんは生きている」
施の言葉に、寺田と知美は安堵の表情を見せた。
「ほ、本当ですか?」
「ええ」
その答えが終わらないうちに、防災センターに黒塗りの車が入ってきた。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
車から降りて来たのは、大道寺家のガードレディたちだった。

「では、私たちを病院までお願いします」
「かしこまりました、お嬢様」
そう答えると、ガードレディたちは龍平を後ろの座席に乗せた。
「木之本さんのご両親には、私のほうから連絡しますから・・・」
施は寺田たちにそう断って、車に乗り込む。寺田たちに魔力のことを知られては困るのだ。
「では、連絡をお待ちしています」
寺田がそう話していると、神宮司とすみれが駆け寄ってきた。
「龍平!」
「すみれちゃん、こちらです」
知美の声を受けて、すみれは車に乗り込んだ。中には、気を失った龍平と施がいた。
「出してください」
知美の声を受けて、車は防災センターを後にした。

「しぃ先生、龍平が高いところから落ちたって・・・」
「ええ。でも、大丈夫よ」
「本当ですか、龍平、気を失っている・・・」
「大丈夫よ。手当ては必要だけど」
そう言うと施はポケットから何かを取り出した。
「それって、さっきの授業の」
「ちゃんと聞いていたのね。感心、感心」
施は龍平の右腕にトリアージタグを付けた。
そのタグの色は緑(軽処置群 (Minor:Walking Wounded))だった。

「なんとか無事に済んで、よかったですね」
遠ざかるすみれたちの乗る車が見て、エドワードはつぶやいた。

「・・・はい、回復剤を投与しましたから、後1時間程度で目をさますと思います。
ええ、やはり、高位カードの封印はかなりの負担になったかと・・・はい、では後で」
施はケータイの通話をきると、龍平が寝ているベッドのほうに戻った。
やすらかに寝息をたている龍平のそばで、すみれが心配そうに見守っていた。
そのそばで、知美はずぅーっと龍平の手を握っている。
「すみれちゃん、知美ちゃん、もう大丈夫よ」
「本当ですか?」
「ええ、今は薬のおかげで寝ているだけ。目をさませばいつもの龍平くんだから」
「よかったー」
ふたりは胸をなでおろす。
「今、ご両親には連絡したから。あとで迎えに来てくれるって。ところで、知美ちゃん?」
「なんですの?」
「設備が整っているのはわかるけど、どうして私の病院ではなく、ここに私たちを運んだの?」
車の中で、知美は行き先を施の病院ではなく、大道寺邸に変えさせたのだ。
「それはですね・・・ケータイから病院のセキュリティシステムにアクセスしてくださいな」
知美の言葉に、施はケータイを操作した。
「これは!」
「どうしたんですか?」
すみれが聞くと、施はすみれにケータイの画面を見せた。
セキュリティシステムを通じてそこに映っていたのは、施の病院を取り巻いている、
龍平のお見舞いに来た友枝小学校の女の子の群集だった。
「龍平って」
「龍平くんって」
「「ほんとうに、女の子に人気があるんだ」」
・・・ふたりの頭におっきな汗が浮いた。

「お腹すいたーっ」
テーブルの上でケロちゃんが大きな声を出した。
「ほんと、食い意地はってるな」
そのそばで、パパがお約束の突っ込みを入れる。
「なんやと!もういっぺん言ってみぃ!わいは、食いもんに対していつも真剣勝負なんや!」
「やめてよ、ふたりとも」
龍平がケロちゃんとパパをなだめている。
しぃ先生が言ったとおり、目が覚めた龍平は、いつもの龍平だった。
まもなく、パパとママがやってきて、あたしたちはいつものように家に戻った。
パパもママも、今日のことについては何も聞かない。きっと、しぃ先生がなにかを言ったんだろう。
「お待たせーっ」
ママがキッチンから大皿を持ってやってきた。
「今日は、龍くんの大好物だからねっ!」
龍平が、身を乗り出した。
「ほーっ、うまそうやないか!」
ケロちゃんの声もトーンが上がる。
あたしも・・・「ほぇ?」
「ほぇ?すみれちゃん、どうかしたの?変な顔をして?」
テーブルに置かれた料理を見て、あたしは、一瞬、固まった。
「だって、これ」
「すみれちゃんも好きでしょう?海老マヨネーズ」
「それは・・・そうだけど・・・」
あたしは、思わずつぶやいた。
「マヨネーズは、もうたくさん」

<すみれとドキドキマヨネーズ:終劇>

次回予告
今年も、友枝フードファイトの予選が始まったの。
毎年、雪兎おじさんが大活躍してるんだよ。
今年もみんなで応援に行かなくっちゃ・・・って、ほぇ〜っ!
なんでケロちゃんまでフードファイトに参加するの!?

カードキャプターさくらと小狼のこどもたち
すみれとこわ〜いお化けプリン

次回もすみれと一緒に
さくらと一緒に
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