【2006】クリスマス特別編

「すみれと小狼のサンタクロース」 

著者  163氏

まえがき

126さんの許可を得ていないし、クオリティも126さんには及ばないので恐縮ですが…

では、クリスマス特別編「すみれと小狼のサンタクロース」をどうぞ

「すみれと小狼のサンタクロース」

粉雪がしんしんと降る、夜の街。聖夜を目前にして、沢山の人々がその中を行き来していた。
子供を連れてケーキを選ぶ主婦。予定をどうしようかと話し合うカップル。この月が一年で一番苦痛だ、と街の様子から目を背ける毒男…


一人の男が、子供からの物とおぼしき手紙を読みながら歩いていた。

――この歳になって、まーだサンタクロースなんて信じてるのかよ…

手紙にはこう書かれている。
『サンタクロースさんへ、
毎年すてきなクリスマスプレゼントをくれて、ありがとうございます。
今年のプレゼントには、あたしはG-SHOCK NEO のエンジェルピンクがほしいです。

木之本 すみれ』

もう一通の手紙には、『サンタクロースさんへ、
毎年すてきなクリスマスプレゼントをくれて、ありがとうございます。
今年のプレゼントには、ぼくは
世界史デジタルホログラム資料ライブラリーVol.1がほしいです。

木之本 龍平』

彼の子供は二人である。しかし、手紙はもう一枚あった。
――あいつもかよ…

『サンタクロースさんへ、
毎年すてきなクリスマスプレゼントをくれて、ありがとうございます。
今年のプレゼントには、あたしはDIMENSION-Xがほしいです。

チュルミン』
――しかも普通の口調になってるし…


一通りそれぞれの希望に目を通すと、彼は手紙をポケットにしまった。

悪の根源は彼の妻である。子供に大きな期待を抱かせ、それを実現する役目を自分に押し付けるのだ。
今年も彼は、こんなやりとりを経て家から追い出された。

『…おかあさん、でもどうやってこのお手紙をサンタさんに届けるの?』
『大丈夫よ、すみれちゃん。ねっ、しゃ・お・ら・ん・くん☆』
『えっ!?あっ、あ、ああ…』
『お父さんが、毎年ちゃーんと「サンタクロースさんに届ける」からねっ☆』

――「サンタクロースさんに届ける」イコール「プレゼントを買ってやる」だろ!

『なんか言った?お父さん』
『あっ、龍平、いやなんでもない』
『小僧でほんまに大丈夫なんかいな?なんならわいも一緒に行ったるか〜?』
『うるせー』
『じゃっ、そういうことでおねがいね、しゃーおらーんーくん☆』
『サンタさん、ちゃんとあたしのほしいものプレゼントしてくれたらいいなー』
『楽しみだなあ』
『うちのも忘れんどいてやー。ほな気いつけてえなー』

――チュルミンまで…つーかいつの間に玄関に!?

バタン。


美しいイルミネーションで街の建物や木が輝き、クリスマスソングが鳴り響く街を、小狼は
ぶつぶつと文句を言いながら歩いていた。

――さくらもさっさとサンタクロースは俺だと教えてしまえよ!毎年毎年面倒なんだぞ!
予算オーバーに気をつけながら、望みの物が品薄商品とくればあちこちの店に在庫はないかと必死で電話して、
「念のため」にサンタのコスプレして、子供の部屋を忍び足で歩かされる俺の身にもなってくれ!
ちっ…あいつと子供の笑顔は一種の脅迫状だぜ…

「うわあっ!」小狼が凍った路面で滑って転んだ。冬道を足元への注意を怠って歩くのは危険である。
「イテテテ…」
周りの目が向けられ、顔を真っ赤にしながら小狼は立ち上がる。いつの間にかデパート入口に着いていた。

――予算は10万円…何とか間に合わせるぞ

小狼はデパートに入っていった。

手始めに、小狼はすみれへのプレゼントを求めておもちゃコーナーへと向かう。
クリスマス商戦で賑わい、店には様々な種類の商品が置かれていた。普段とは違い、店には子供の姿が一切見られず
レジに並ぶのは大きな大人ばかりだった。
――俺と同じか

店内をうろうろしていると、ロボペコーナーにさしかかった。

――相変わらず高いなー…新製品のこれは15万もするぜ…パソコン三台分だ

ロボペは子供達が最も欲しがる物で、同時におもちゃとしては高価な部類の物であり、
親達にとっては買いたくない物である。小狼もよく同僚や部下から「ロボペ論争」の話をよく聞くものだ。
――ケルベロスがいて、ちょっとラッキーだったかもな

一瞬でもそう考えた自分に腹を立て、小狼は『G-SHOCK NEO エンジェルピンク』があると思われるコーナーに向かっていった。

『G-SHOCK NEO エンジェルピンク』はすぐに見つかった。19800円。決して高くはなかったので安心した。
小狼が驚いたのはそのデザインである。昔出ていたG-SHOCKのようなごつい外見の面影は一切見られず、
ベルトやパネルは普通の腕時計と同じ位の薄さだ。淡いピンクがかわいらしい。

――それでいてスペックは変わらないからな…良いものを選んだな、すみれ

――しかし、毎年思う事だが…
ピンク色の箱を持ってレジへと向かいながら、小狼の目は周りの人の様子を伺っていた。
――子供へのプレゼントとはわかっていても、女児向け商品をレジまで持って行くのは正直かなり恥ずかしい…


続いて小狼は本屋(と言ってもデジタルブックがほとんどだが)にいた。今度は龍平へのプレゼントである。

――えーと、『世界史デジタルホログラム資料ライブラリーVol.1』は…

「歴史」カテゴリの棚を見回すと、一番上の段に分厚いブルーレイディスクのケースが陳列されていた。
全て『世界史デジタルホログラム資料ライブラリー』シリーズで、Vol.18まで続いている。
小狼は少し背伸びして求める物を引き出し、気になる値段をチェックした。

――げっ、三万!?いや、仕様を見るに…ブルーレイ片面6層、4枚入り…これはもう…

龍平が熱弁していた通り、確かに内容は魅力的だ。Vol.1で扱っているのは古代文明だが、様々な遺跡や
壁画、装飾品から建築物まで、かなり高精細な3Dホログラムが収録されており、拡大して細部を見る事もできるのだ。
内容もかなり専門的で、龍平でも飽きないと思えた。
――でも、子供らしくないプレゼントだなぁ…

小狼はレジにこれを持って行き、クリスマスプレゼント用の包装をしてくれと店員に申し出た。
「クリスマスプレゼント用…これがですか?」店員は驚いた様子で小狼を見た。
「そうですが…何か?」
「これは大学教授等、研究者専用の資料集ですよ…まさか子供さんへのプレゼントじゃあないですよね?」
店員は小狼が手に握ったままの手紙を見ていた。
「…そのまさかですよ」小狼が苦笑して答えた。龍平がどれ程の歴史オタクか、改めて思い知らされた。


例年通りならば小狼の買い物はここで終わる筈だった。しかし。

――チュルミンのがまだ残ってやがる…あいつは俺の子供じゃない、カードだぞ!

図々しくプレゼントをリクエストしたチュルミンにカンカンになりながら、小狼はゲーム売場に入った。
チュルミンのリクエストはかなり難題に思われた。『DIMENSION-X』は一ヶ月前に出た新作ゲーム機である。
発売以来深刻な品薄状態が続いているとニュースで報道されているのをよく聞いた。
チュルミン(とケルベロス)は手に入ると確信してしまっている。彼らの期待を裏切る訳にはいかない。
しかし、もしここで手に入らなければネットオークションで30万で買わされる羽目になる。

――さくら…何が「絶対大丈夫だよ、サンタさんなら何とかなるよ」だよ…
「絶対大丈夫」ってレベルじゃねーぞ!

そうぼやきながら店内を探していると、DIMENSION-Xの在庫状況が記載された紙を見つけた。

――でも、まさかある訳…いや、…あれ?

紙には
『DIMENSION-X:残り5台』
とあった。
小狼は胸を撫で下ろした。これで彼はチュルミン(とケ(ry)の望みを叶えられる。
ソフト一本付きで49800円。ソフトは家族で楽しめそうなアクションゲーム『−RESERVoir CHRoNiCLE−CLAMP All-Star』を選んだ。

――ふぅ…


買い物を済ませ、デパートの近くの喫茶店で小狼は一息ついていた。
「ご注文は?」
「じゃあ…とりあえずコーヒー、ミルク入りで」
「かしこまりました」
荷物は隣の席に置かれていた。プレゼントの中で一番場所を取っていたのは、皮肉にもDIMENSION-Xの箱だった。
――チュルミンの奴…カードのくせしやがって、少しは遠慮しろよ…

「うわっ、小僧!」
突然大声で呼ばれ、我に帰る小狼。
「こんばんは、小狼君」
「雪兎さん、」小狼はここで言葉を止め、桃矢と火花を散らす。「どうしてここに?」
「大学帰りにたまに寄ってくんだ、悪いか」
「まあまあ二人とも…小狼君、ここ座っていいかい?」雪兎はそう言うと、小狼の向かいの席に座った。桃矢がその隣に座る。
気を紛らそうと、小狼はライターを取り出しマルボロに火をつけた。
「タバコは程々にしろ」
「そんなに吸ってない。吸ってせいぜい一日5・6本だ」
「じゅーぶん吸い過ぎだ」
「相変わらずだね二人とも…」雪兎が笑いながら言った。「ところで、その紙袋に入っているのは何?」
「これですか?子供にあげるクリスマスプレゼントです」
「へぇー。ちょっと見せて」
小狼はテーブルの上に紙袋を置いた。
「どれどれ…これはすみれちゃんのかな?」
「そうです、『G-SHOCK NEO エンジェルピンク』です」
「あっ、それの色違い僕も付けてるよ」雪兎は右腕に付けた時計を見せた。色は黒だ。
「時計の他にも気圧計とかGPSとかも付いてるし、衝撃にも強いから発掘調査の時に重宝するんだ」
「いい買い物だ」桃矢もそれを付けていた。雪兎とお揃いである。
「そしてこれは…ちょっ、見てみろよゆき」
「何?…あっ、これは『世界史デジタルホログラム資料ライブラリーVol.1』だ!」
「おい小僧、これは俺達みたいな研究者が使うもので、学会雑誌にしか広告は載ってないんだぞ?どうしてこれを…」
しかし、小狼の驚きは彼ら以上だった。

――そんなにマイナーだったのか…龍平って一体…

「そしてこれは…重いな」桃矢が一番大きな箱を手に取り、包装紙を透かして中身を見た。
「おお…噂のDIMENSION-Xじゃねーか…よく買えたな」
「すごいなあ…これは誰に?」
「これは…」ここで小狼は口をつぐんだ。すみれのミラーの事を二人は知らない。
今言えば二人はさくらのミラーと混乱してしまうだろう。
「…ケルベロスにです」説明する気力も起きなかった小狼は、その場しのぎの返答をしておいた。
「ケルベロスにか…ゲーム好きだもんね」
「ソフトは『−RESERVoir CHRoNiCLE−CLAMP All-Star』か。…主人公の名前が小僧と同じなのがムカつくぜ」
小狼と桃矢の間の緊張が再燃する。
「まあまあ」雪兎が箱を紙袋に戻し、小狼の隣の席に戻した。

運ばれたコーヒーを飲みながら、三人はぼんやりと外の風景を見ていた。セグウェイが疾走し、自動車からは白い煙が出ていない。
「でも…僕達は昔と全然変わってないね」雪兎が言った。「僕も桃矢も、ケルベロスも」
「ああ…大道寺コーポレーションの狂気も、父さんも、さくらも…そして、お前もな」桃矢が小狼を真正面から見る。
「小学校の時からの付き合いが今でも無事続いているのには本当に驚きだ」

――そうか…そういえばもう20年以上の付き合いになるんだな…

「さくらを俺から奪ったからにはそれなりに努力を続けてもらわないとな」桃矢が続けた。
「さくらをちょっとでも悲しませてみろ小僧、俺が許さねえぞ」
「さくらちゃんやすみれちゃん、龍平君の笑顔が絶えない、いい一家を維持していくんだよ」雪兎が微笑みながら言った。
「こう言いたかったんでしょ、桃矢?」
「うるせぇ」桃矢の耳は真っ赤であった。

雪兎の言葉が無くても、小狼は桃矢の真意が少し見えた気がした。
桃矢は自分からさくらを奪い返そうとして自分に辛く当たるのではない。
本当は、ただ自分と同じようにさくらの幸せを願っている、優しい男なのである。

家族の笑顔をもたらし、それを絶やさない事。それが、自分に課せられているのだ――

再び小狼と桃矢の目が合う。この時、彼らの間で火花が飛び散る事はなかった。
「ありがとうございます」小狼はそう言うと、煙草の火を消し立ち上がった。
「遅くなるとさくらがうるさいので」
「じゃあね」雪兎は小狼に手を振った。
「待て、お前に頼みが」桃矢はそう言うと、一つの小包を取り出した。「ミラーにこれを渡してくれないか」
「これは…」
「髪を結ぶリボンが入ってる。昔ここでクリスマスにプレゼントしたんだ…相変わらずさくらに酷使されてるのか?」
「酷使って程でも無いですが、活躍してますよ」
「よかった。最近会えないから…よろしく伝えておいてくれな」
「はい」

粉雪がしんしんと降る、夜の街。両手に紙袋を持ったサンタクロースが歩いていた。
彼は毎年、この買い物で本当にくたくたになる。予算を気にかけ、プレゼントを探し、そしてそれを家まで運ぶ。帰るのは夜遅くだ。
それでもこの買い物を拒むことはできなかった。それは子供の笑顔の脅迫によるものだけではない。
彼にとって、子供の笑顔を見るのは嬉しい事でもあったからである。
何を頼もうか悩みながら手紙を書いている時の顔。クリスマスの朝、嬉しそうにプレゼントを
自分に見せる時の顔。「サンタさん、ありがとう」と、空に向かってお礼をしている時の顔。
どの瞬間も本当に幸せそうな、子供の笑顔を見たい。彼にとって、それは至福な事であるのだ。

子供の幸せを抱えたサンタクロースの顔は、幸せに満ち溢れていた。


――でもそのサンタは、パパ――

あとがき

これで「すみれと小狼のサンタクロース」は完結です。
すみれや龍平は登場しなくて、完全に小狼の話になってしまったがw

本当は二週間前位からクリスマスネタで何か書きたいと思って色々考えてたんだけど、
どんな話にしようか悩んだり、設定やこれまでの話と矛盾点が無いか
チェックしてたりしたらクリスマスに遅れてしまった。猛省。
すみれのプレゼントの案考えてくれた保守党氏や、読んでくれた人には本当に感謝してる。

最後に。126氏、これからもガンガレ。

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